・・・図画の先生に頼んで東京の飯田とかいううちから道具や絵の具を取り寄せてもらって、先生から借りたお手本を一生懸命に模写した。カンバスなどは使わず、黄色いボール紙に自分で膠を引いてそれにビチューメンで下図の明暗を塗り分けてかかるというやり方であっ・・・ 寺田寅彦 「自画像」
・・・このあいだM君と会った時、いつかいっしょに大宮へでも行ってみようかという話をした事を思い出して、とにかく大宮まで行ってみる事にした。絵の具箱へスケッチ板を一枚入れて、それと座ぶとん代わりの古い布切れとを風呂敷で包み隠したのをかかえて市内電車・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・すべてがただ紙の表面へたんねんに墨と絵の具をすりつけ盛り上げたものとしか感じられない。先日の朝日新聞社の大展覧会でみた雅邦でもコケオドシとしか見えなかった。春挙でも子供だましとしか思わなかった。そんな目で展覧会を見て評をするのは気の毒のよう・・・ 寺田寅彦 「昭和二年の二科会と美術院」
・・・いつだったか、先生がどこかから少しばかりの原稿料をもらった時に、さっそくそれで水彩絵の具一組とスケッチ帳と象牙のブックナイフを買って来たのを見せられてたいそううれしそうに見えた。その絵の具で絵はがきをかいて親しい人たちに送ったりしていた。「・・・ 寺田寅彦 「夏目漱石先生の追憶」
・・・地図の上ではちがった絵の具でくっきりと塗り分けられた二つの国の国境へ行って見ても、杭が一本立ってるくらいのものである。人間のこしらえた境界線は大概その程度のものである。人間の歴史のある時期に地球上のある地点に発生した文化の産物は時間の経過と・・・ 寺田寅彦 「日本楽器の名称」
・・・餡入りの餅のほかにいろいろの形をした素焼きの型に詰め込んだ米の粉のペーストをやはり槲の葉にのせて、それをふかしたのの上にくちなしを溶かした黄絵の具で染めたものである。 正面の築山の頂上には自分の幼少のころは丹波栗の大木があったが、自分の・・・ 寺田寅彦 「庭の追憶」
・・・ 不思議な事には巻物の初めの方に朽ち残った絵の色彩は眼のさめるほど美しく保存されているのに、後の方になるほど絵の具の色は溷濁して、次第に鈍い灰色を帯びている。 絵巻物の最後にある絵はよほど奇妙なものである。そこには一つの大きな硝子の・・・ 寺田寅彦 「厄年と etc.」
・・・才を呵して直ちに章をなす彼の文筆が、絵の具皿に浸ると同時に、たちまち堅くなって、穂先の運行がねっとり竦んでしまったのかと思うと、余は微笑を禁じ得ないのである。虚子が来てこの幅を見た時、正岡の絵は旨いじゃありませんかと云ったことがある。余はそ・・・ 夏目漱石 「子規の画」
・・・秋になって病気もやや薄らぐ、今日は心持が善いという日、ふと机の上に活けてある秋海棠を見て居ると、何となく絵心が浮んで来たので、急に絵の具を出させて判紙展べて、いきなり秋海棠を写生した。葉の色などには最も窮したが、始めて絵の具を使ったのが嬉し・・・ 正岡子規 「画」
・・・ 画かきはにわかにまじめになって、赤だの白だのぐちゃぐちゃついた汚ない絵の具箱をかついで、さっさと林の中にはいりました。そこで清作も、鍬をもたないで手がひまなので、ぶらぶら振ってついて行きました。 林のなかは浅黄いろで、肉桂のような・・・ 宮沢賢治 「かしわばやしの夜」
出典:青空文庫