・・・ひょろひょろの小僧は、叩きつけられたように、向う側の絵草紙屋の軒前へ駆込んだんです。濡れるのを厭いはしません。吹倒されるのが可恐かったので、柱へつかまった。 一軒隣に、焼芋屋がありましてね。またこの路地裏の道具屋が、私の、東京ではじめて・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・酸漿屋の店から灯が点れて、絵草紙屋、小間物店の、夜の錦に、紅を織り込む賑となった。 が、引続いた火沙汰のために、何となく、心々のあわただしさ、見附の火の見櫓が遠霞で露店の灯の映るのも、花の使と視めあえず、遠火で焙らるる思いがしよう、九時・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・ と思うと、袖を斜めに、ちょっと隠れた状に、一帆の方へ蛇目傘ながら細りした背を見せて、そこの絵草紙屋の店を覗めた。けばけばしく彩った種々の千代紙が、染むがごとく雨に縺れて、中でも紅が来て、女の瞼をほんのりとさせたのである。 今度は、・・・ 泉鏡花 「妖術」
・・・その頃は何に由らず彩色人の摺物は絵双紙屋組合に加入しなければ作れなかったもので、喜兵衛はこれがために組合へ加入して、世間の軽焼の袋が紅一遍摺であるに反して、板下に念を入れた数遍摺の美くしい錦絵のような袋を作った。疱瘡痲疹の患者は大抵児供だか・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・たまに両親が町へいって買ってきてくれた絵草紙や、おもちゃなどがあると、それを良吉は文雄にも見せてやったり、貸してやったりいたしました。また、文雄も同じことで、なにか珍しいものが手に入ると、きっとそれを良吉のところへ持ってきて見せました。二人・・・ 小川未明 「星の世界から」
・・・そして、粘土細工、積木細工、絵草紙、メンコ、びいどろのおはじき、花火、河豚の提灯、奥州斎川孫太郎虫、扇子、暦、らんちゅう、花緒、風鈴……さまざまな色彩とさまざまな形がアセチリン瓦斯やランプの光の中にごちゃごちゃと、しかし一種の秩序を保って並・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・いずれも明治年代に出来た俗な絵草紙である。天井の隅には拡げた日傘が吊してある。棚や煖炉の上には粗製の漆器や九谷焼などが並べてある。中にはドイツ製の九谷まがいも交じっているようであった。 B氏は私の不審がっているのを面白そうに眺めるだけで・・・ 寺田寅彦 「異郷」
・・・ 私は小学校へ行くほどの年齢になっても、伝通院の縁日で、からくりの画看板に見る皿屋敷のお菊殺し、乳母が読んで居る四谷怪談の絵草紙なぞに、古井戸ばかりか、丁度其の傍にある朽ちかけた柳の老木が、深い自然の約束となって、夢にまで私をおびえさせ・・・ 永井荷風 「狐」
・・・が、至る所の絵草紙店に漫画化されて描かれていた。そのチャンチャン坊主の支那兵たちは、木綿の綿入の満洲服に、支那風の木靴を履き、赤い珊瑚玉のついた帽子を被り、辮髪の豚尾を背中に長くたらしていた。その辮髪は、支那人の背中の影で、いつも嘆息深く、・・・ 萩原朔太郎 「日清戦争異聞(原田重吉の夢)」
・・・すると一軒の絵双紙屋の店前で、ひょッと眼に付いたのは、今の雑誌のビラだ。さア、其奴の垂れてるのを一寸瞥見しただけなんだが、私は胸がむかついて来た。形容詞じゃなく、真実に何か吐出しそうになった。だから急いで顔を背けて、足早に通り抜け、漸と小間・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
出典:青空文庫