・・・またたとえばわが国古来の絵巻物のようなものも、視覚的影像の連続系列であるという点では似た要素をもっていないとは言われない。それからまた、眼底網膜の視像の持続性を利用するという点ではゾートロープやソーマトロープのようなおもちゃと似た点もあるが・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・そうしてかの有名な高山寺蔵の絵巻物の画面を思い起こしながら、「絵巻物と活動時代」という一つの論題に思い及んだ。 絵巻物というものの最初のイデーはおそらく舶来のものかもしれないが、ともかくこれはかなりに偉大なイデーである。そうしてある意味・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・しかしそのつもりで後代の風俗絵巻物でも細かに研究してみたらやはり各時代に同様な現象を発見するのではないかとも想像される。 鳥羽僧正の鳥獣戯画なども当時のスポーツやいろいろの享楽生活のカリカチュアと思って見ればこの僧正はやはり一種のカメラ・・・ 寺田寅彦 「カメラをさげて」
・・・その重々しさは四条派の絵などには到底見られないところで、却って無名の古い画家の縁起絵巻物などに瞥見するところである。これを何と形容したら適当であるか、例えばここに饒舌な空談者と訥弁な思索者とを並べた時に後者から受ける印象が多少これに類してい・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
・・・「年賀はがきの宛名を一つ一つ書いてゆく間に、自分の過去の歴史がまるで絵巻物のように眼前に展べられる。もっとも懐かしいのは郷里の故旧の名前が呼びだす幼き日の追憶である。そういう懐かしい名前が年々に一つ減り二つ減って行くのがさびしい。」 こ・・・ 寺田寅彦 「年賀状」
・・・四面に海をめぐらす大八州国に数千年住み着いた民族の遠い祖先からの数限りもない海の幸いと海の禍いとの記憶でいろどられた無始無終の絵巻物である。そうしてこの荒海は一面においてはわれわれの眼前に展開する客観の荒海でもあると同時にまたわれわれの頭脳・・・ 寺田寅彦 「俳句の精神」
・・・あらゆる科学の書物は百鬼夜行絵巻物である。それをひもといてその怪異に戦慄する心持ちがなくなれば、もう科学は死んでしまうのである。 私は時々ひそかに思う事がある、今の世に最も多く神秘の世界に出入するものは世間からは物質科学者と・・・ 寺田寅彦 「化け物の進化」
・・・と云って持出して来たのが一巻の絵巻物であった。よほど貴重なものと見えて、内証で見せてやるという条件つきであったような気がする。残念ながら詳しいことは覚えていないが、とにかくその巻物の中にはありとあらゆる鯨の種類それから親類筋のいるか、すなめ・・・ 寺田寅彦 「初旅」
・・・古い絵巻物のあるものを見ていたらその絵の内容とその排列に今のレビューと実によく似たものがあることに気が付いた。やはり天が下に新しいものは一つもないと思ってひとりで感心して帰って来たのであった。・・・ 寺田寅彦 「マーカス・ショーとレビュー式教育」
・・・一巻の絵巻物が出て来たのを繙いて見て行く。始めの方はもうぼろぼろに朽ちているが、それでもところどころに比較的鮮明な部分はある。生れて間もない私が竜門の鯉を染め出した縮緬の初着につつまれ、まだ若々しい母の腕に抱かれて山王の祠の石段を登っている・・・ 寺田寅彦 「厄年と etc.」
出典:青空文庫