・・・それに萎えた揉烏帽子をかけたのが、この頃評判の高い鳥羽僧正の絵巻の中の人物を見るようである。「私も一つ、日参でもして見ようか。こう、うだつが上らなくちゃ、やりきれない。」「御冗談で。」「なに、これで善い運が授かるとなれば、私だっ・・・ 芥川竜之介 「運」
・・・言換えれば椿岳は実にこの不思議な時代を象徴する不思議なハイブリッドの一人であって、その一生はあたかも江戸末李より明治の初めに到る文明急転の絵巻を展開する如き興味に充たされておる。椿岳小伝はまた明治の文化史の最も興味の深い一断片である。・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・で殺して逃亡し、品川の旅館で逮捕されるまでの陳述は、まるで物悲しい流転の絵巻であった。もののあわれの文学であった。石田と二人で情痴の限りを尽した待合での数日を述べている条りは必要以上に微に入り細をうがち、まるで露出狂かと思われるくらいであっ・・・ 織田作之助 「世相」
・・・ 私は近くの沖にゆっくり明滅している廻転燈台の火を眺めながら、永い絵巻のような夜の終わりを感じていた。舷の触れ合う音、とも綱の張る音、睡たげな船の灯、すべてが暗く静かにそして内輪で、柔やかな感傷を誘った。どこかに捜して宿をとろうか、それ・・・ 梶井基次郎 「冬の蠅」
・・・走馬燈のように、色々の顔が、色々の失敗の歴史絵巻が、宙に展開しているのであろう。 私は立って、待合室から逃げる。改札口のほうへ歩く。七時五分着、急行列車がいまプラットホームにはいったばかりのところで、黒色の蟻が、押し合い、へし合い、ある・・・ 太宰治 「座興に非ず」
・・・ 中谷孝雄氏の「春の絵巻」出版記念宴会の席上で、井伏氏が低い声で祝辞を述べる。「質実な作家が、質実な作家として認められることは、これは、大変なことで、」語尾が震えていた。 たまに、すこし書くのであるから、充分、考えて考えて書・・・ 太宰治 「思案の敗北」
・・・これも地獄変相絵巻の一場面である。それと没交渉に秋晴の太陽はほがらかに店先の街路に照り付けていた。この年になって、こんな処へ来て、こんな光景を初めて目撃しようとは夢にも想わないことであった。旅はすべきものである。 五稜郭行というバスを見・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
・・・帝展以外の方面もひっくるめてやっと思い出しのが龍子の「二荒山の絵巻」、誰かの「竹取物語」、百穂の二、三の作、麦僊の「湯女」などがある。それから少し方面はちがうがあまり評判のよくなかった芋銭の「石人」などからも何事かを教えられた。まだ外にも数・・・ 寺田寅彦 「帝展を見ざるの記」
・・・と云って持出して来たのが一巻の絵巻物であった。よほど貴重なものと見えて、内証で見せてやるという条件つきであったような気がする。残念ながら詳しいことは覚えていないが、とにかくその巻物の中にはありとあらゆる鯨の種類それから親類筋のいるか、すなめ・・・ 寺田寅彦 「初旅」
・・・後日再び奥州から大軍の将として上洛する途上この宿に立寄り懇ろに母の霊を祭る、という物語を絵巻物十二巻に仕立てたものである。 絵巻物というものは現代の映画の先祖と見ることが出来る。これについては前にも書いたことがあったが、この山中常盤双紙・・・ 寺田寅彦 「山中常盤双紙」
出典:青空文庫