・・・しかも讐家の放った細作は、絶えず彼の身辺を窺っている。彼は放埓を装って、これらの細作の眼を欺くと共に、併せてまた、その放埓に欺かれた同志の疑惑をも解かなければならなかった。山科や円山の謀議の昔を思い返せば、当時の苦衷が再び心の中によみ返って・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・運送店の前にはもう二台の馬力があって、脚をつまだてるようにしょんぼりと立つ輓馬の鬣は、幾本かの鞭を下げたように雨によれて、その先きから水滴が絶えず落ちていた。馬の背からは水蒸気が立昇った。戸を開けて中に這入ると馬車追いを内職にする若い農夫が・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ ところが不思議な事には、こういう動かすべからざる自覚を持っているくせに、絶えず体じゅうが細かく、不愉快に顫えている。どんなにして已めようと思っても、それが已まない。 いつもと変らないように珈琲を飲もうと思って努力している。その珈琲・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・ しかもその火鉢といわず、臼といわず、枕といわず、行燈といわず、一斉に絶えず微に揺いで、国が洪水に滅ぶる時、呼吸のあるは悉く死して、かかる者のみ漾う風情、ただソヨとの風もないのである。 十 その中に最も人間に・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・ 北海の波の音、絶えず物の崩るる様な響、遠く家を離れてるという感情が突如として胸に湧く。母屋の方では咳一つするものもない。世間一体も寂然と眠に入った。予は何分寝ようという気にならない。空腹なる人の未だ食事をとり得ない時の如く、痛く物足ら・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・僕の心の奥が絶えず語っていたところと寸分も違わない。 しかし、僕も男だ、体面上、一度約束したことを破る気はない。もう、人を頼まず、自分が自分でその場に全責任をしょうよりほかはない。 こうなると、自分に最も手近な家から探ぐって行かなけ・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・万年筆は絶えず愛用せられたが、インキは何時もセピアのドローイングインキだったから、万年筆がよくいたんだ。私が一度、いい万年筆を選んで、自分で使い慣らしてからインキを一瓶つけて持たせてやったことがあるが、そのインキがブリウブラクだったから気に・・・ 内田魯庵 「温情の裕かな夏目さん」
・・・草臥れ切った頭の中では、まだ絶えず拳銃を打つ音がする。頭の狭い中で、決闘がまたしては繰返されているようである。この辺の景物が低い草から高い木まで皆黒く染まっているように見える。そう思って見ている内に、突然自分の影が自分の体を離れて、飛んで出・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・そして高い波が絶えず岸に打ち寄せているのでありました。 宝石商は、今日はここの港、明日は、かしこの町というふうに歩きまわって、その町の石や、貝や、金属などを商っている店に立ち寄っては、珍しい品が見つからないものかと目をさらにして選り分け・・・ 小川未明 「宝石商」
・・・いったいこの土地は昔からの船着場で、他国から流れ渡りの者が絶えず入りこむ。私のようなことを言って救いを乞いに廻る者も希しくないところから、また例のぐらいで土地の者は対手にしないのだ。 私は途方に晦れながら、それでもブラブラと当もなしに町・・・ 小栗風葉 「世間師」
出典:青空文庫