出典:青空文庫
・・・ 保吉は絶体絶命になった。この場合唯一の血路になるものは生徒の質問に応ずることだった。それでもまだ時間が余れば、早じまいを宣してしまうことだった。彼は教科書を置きながら、「質問は――」と口を切ろうとした。と、突然まっ赤になった。なぜそん・・・ 芥川竜之介 「保吉の手帳から」
・・・こうなるとお敏も絶体絶命ですから、今までは何事も宿命と覚悟をきめていたのが、万一新蔵の身の上に、取り返しのつかない事でも起っては大変と、とうとう男に一部始終を打ち明ける気になったのです。が、それも新蔵が委細を聞いた後になって、そう云う恐しい・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・ちょっとのお詫びでは、ゆるされそうもない。絶体絶命。逃げようか。「おい、おい。」重ねて呼ばれて、はっと我に帰った。私は、草原の中に寝ていた。陽は、まだ高い。ひばりの声が聞える。ようやく気が附いた。私は、やはり以前の、井の頭公園の・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・あきらかに善人、女将あるいはギャング映画の影響うけて、やがて、わが悪の華、ひそかに実現はかったのではないのか、そんな大型の証拠、つきつけられては、ばからしきくらいに絶体絶命、一言も弁解できないじゃないか、ばかだなあ、田舎の悪人は、愛嬌あって・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・同時にばたばたと飛び立った胸黒はちょうど真上に覆いかかった網の真唯中に衝突した、と思うともう網と一緒にばさりと刈田の上に落ちかかって、哀れな罪なき囚人はもはや絶体絶命の無効な努力で羽搏いているのである。飛ぶがごとく駈け寄った要太の一と捻りに・・・ 寺田寅彦 「鴫突き」
・・・で弁慶が泣くのでも絶体絶命の危機を脱したあとである。 こんな実例から見ると、こうした種類の涙は異常な不快な緊張が持続した後にそれがようやく弛緩し始める際に流れ出すものらしい。 うれし泣きでも同様である。たいてい死んだであろうと思われ・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ばかり行列を整えて向からやってくる、こうなってはいくら女の手前だからと言って気取る訳にもどうする訳にも行かん、両手は塞っている、腰は曲っている、右の足は空を蹴ている、下りようとしても車の方で聞かない、絶体絶命しようがないから自家独得の曲乗の・・・ 夏目漱石 「自転車日記」