・・・ ベルが段々調子を上げ、全で余韻がなくなるほど絶頂に達すると、一時途絶えた。 五人の坑夫たちは、尖ったり、凹んだりした岩角を、慌てないで、然し敏捷に導火線に火を移して歩いた。 ブスッ! シュー、と導火線はバットの火を受けると、細・・・ 葉山嘉樹 「坑夫の子」
・・・判者が外の人であったら、初から、かぐや姫とつれだって月宮に昇るとか、あるいは人も家もなき深山の絶頂に突っ立って、乱れ髪を風に吹かせながら月を眺めて居たというような、凄い趣向を考えたかもしれぬが、判者が碧梧桐というのだから先ず空想を斥けて、な・・・ 正岡子規 「句合の月」
・・・例、山にそふて小舟漕ぎ行く若葉かな蚊帳を出て奈良を立ち行く若葉かな不尽一つ埋み残して若葉かな窓の灯の梢に上る若葉かな絶頂の城たのもしき若葉かな蛇を截って渡る谷間の若葉かなをちこちに滝の音聞く若葉かな ・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・主人はもう得意の絶頂でした。来る人ごとに、「なんの、おれも、オリザの山師で四年しくじったけれども、ことしは一度に四年分とれる。これもまたなかなかいいもんだ。」などと言って自慢するのでした。 ところがその次の年はそうは行きませんでした・・・ 宮沢賢治 「グスコーブドリの伝記」
・・・ネネムはこの時は正によろこびの絶頂でした。とうとう立ちあがって高く歌いました。「おれは昔は森の中の昆布取り、 その昆布網が空にひろがったとき 風の中のふかやさめがつきあたり おれの手がぐらぐらとゆれたのだ。 おれ・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・そのルネサンス伊太利の繁栄が絶頂に達して、遂にかくされていた諸矛盾がそろそろその作用をあらわしはじめた時、フィレンツェの市民、市民の芸術家としてのミケルアンジェロは、若きダヴィテの像をつくった。その後、フィレンツェ市が専制者メディチとの間に・・・ 宮本百合子 「現代の心をこめて」
・・・小学校の校庭の騒ぎはまさに絶頂。風でがたつく障子を眺めながら私は考えている、この家は仕様がないな。斯うすき間だらけでは、と。 私は大変風がきらいなことを御存じだったかしら。このことと、むき出しの火を見ることが好きでない点は父方の祖母のお・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・それは丁度、彼の田虫が彼を幸運の絶頂から引き摺り落すべき醜悪な平民の体臭を、彼の腹から嗅ぎつけたかのようであった。四 千八百四年、パリーの春は深まっていった。そうして、ロシアの大平原からは氷が溶けた。 或る日、ナポレオン・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・すなわち応永、永享は室町時代の絶頂であり、延喜の御代に比せらるべきものなのである。しかるに我々は、少年時代以来、延喜の御代の讃美を聞いたことはしばしばであったが、応永永享時代の讃美を聞いたことはかつてなかった。それどころか、応永、永享という・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
・・・それはいわば最近二十年の間の日本の動乱期がその絶頂に達した時期の記録なのであるが、しかしその静かな、淡々とした歌境は、少しも乱れていない。これこそ達人の境であるという印象は、この歌集において一層深まるのを覚えた。 ここには戦争の災禍に押・・・ 和辻哲郎 「歌集『涌井』を読む」
出典:青空文庫