・・・そして自分の無能と不心得から、無惨にも離散になっている妻子供をまとめて、謙遜な気持で継母の畠仕事の手伝いをして働こう。そして最も素朴な真実な芸術を作ろう……」などと、それからそれと楽しい空想に追われて、数日来の激しい疲労にもかかわらず、彼は・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・何ぞと思えば嫁に行けとの相談なり。継母の腹は言うまでもなく姉のお絹を外に出して自分の子、妹のお松を後に据えたき願い、それがあるばかりにお絹と継母との間おもしろからず理屈をつけて叔父幸衛門にお絹はあずけられかれこれ三年の間お絹のわが家に帰りし・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・ お神さんはしきりと幸ちゃんをほめて、実はこれは毎度のことであるが、そして今度の継母はどうやら人が悪そうだからきっと、幸ちゃんにはつらく当たるだろうと言ッた。『いい歳をしてもう今度で三度めですよ、第一小供がかあいそうでさア。』『・・・ 国木田独歩 「郊外」
・・・最低位に「継母」があり、「鬼女」「淫女」等がこれに次ぎ、「淑女」「貴婦人」「童女」「天女」等とさかのぼり、最高の段階に聖母が位した。そして種々の聖母像の中で、どの聖母が最も美しいかを定めようとして、ついにファン・エックの聖母と、デューラーの・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・私は、自分がひどく貧乏な大工の家に生れ、気の弱い、小鳥の好きな父と、痩せて色の黒い、聡明な継母との間で、くるしんで育ち、とうとう父母にそむいて故郷から離れ、この東京に出て来て、それから二十年間お話にも何もならぬ程の困苦に喘ぎ続けて来たという・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・私の母は、これは継母でもなんでもなく、まことの生みの母親でございましたが、どういうものか弟のほうばかりを可愛がって、長男の私に対しては妙によそよそしく、意地わるくするのでございます。もう私の母も、とうの昔にあの世に旅立ってしまいまして、仏に・・・ 太宰治 「男女同権」
人物。数枝 二十九歳睦子 数枝の娘、六歳。伝兵衛 数枝の父、五十四歳。あさ 伝兵衛の後妻、数枝の継母、四十五歳。金谷清蔵 村の人、三十四歳。その他 栄一 島田哲郎・・・ 太宰治 「冬の花火」
・・・いつも継母に叱られると言って、帰りをいそぐ娘もほっと息をついて、雪にぬらされた銀杏返の鬢を撫でたり、袂をしぼったりしている。わたくしはいよいよ前後の思慮なく、唯酔の廻って来るのを知るばかりである。二人の間に忽ち人情本の場面がそのまま演じ出さ・・・ 永井荷風 「雪の日」
・・・うちの御母様のお母様は継母だったんですって、今でも辛かったってよく仰云るわ、だから私御同情するのよ」 こんなに云われると、只さえ淋しい、悲しい心持になっている政子さんは、堪らない心持になってしまいました。 芳子さんが不親切なのだと、・・・ 宮本百合子 「いとこ同志」
・・・この笑いを作者は、惨酷に甚兵衛を扱いつづけていた継母、異母弟への報復の哄笑として描き出している。義民、英雄というものに向けられて来た、盲目な崇拝の皮を剥いで示そうとしているのである。「極楽」の退屈さに苦しんで、地獄を語り合うときばかりは・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
出典:青空文庫