・・・ちょうどおひろが高脚のお膳を出して、一人で御飯を食べているところで、これでよく生命が続くと思うほど、一と嘗めほどのお菜に茄子の漬物などで、しょんぼり食べていた。店の女たちも起きだして、掃除をしていた。「独りで食べてうまいかね」「わた・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・両側に立ち続く小家は、堤の上に板橋をかけわたし、日満食堂などと書いた納簾を飜しているのもある。人家の灯で案外明いが、人通りはない。 車は小松嶋という停留場につく。雨外套の職工が降りて車の中は、いよいよ広くなった。次に停車した地蔵阪という・・・ 永井荷風 「寺じまの記」
・・・彼等の此の異様な姿がぞろぞろと続く時其なかにお石が居れば太十がそれに添うて居ないことはない。然し太十は四十になるまで恐ろしい堅固な百姓であった。彼は貧乏な家に生れた。それで彼は骨が太くなると百姓奉公ばかりさせられた。彼はうまく使えば非常な働・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・しかもその uneasy な有様はいつまで続くか無論わからないが、よし長時間続く状態にしても、いやしくも続いている間は、いつでも目に見える状態である。いつでも見える状態であるからして、そのいずれの一瞬間を截ち切ってもその断面は長い全部を代表・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・を視て、神童なり学者なりとして称賛するがゆえに、教師たる者も、たとえ心中ひそかにこの趣を視て無益なることを悟るといえども、特立特行、世の毀誉をかえりみざることは容易にでき難きことにて、その生徒の魂気の続くかぎりをつくさしめ、あえて他の能力の・・・ 福沢諭吉 「文明教育論」
・・・あんなひどい旱魃が二年続いたことさえいままでの気象の統計にはなかったというくらいだもの、どんな偶然が集ったって今年まで続くなんてことはないはずだ。気候さえあたり前だったら今年は僕はきっといままでの旱魃の損害を恢復してみせる。そして来年からは・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・ 二 この瞬間が、いつ迄続くものだろう。 真先にここに気づいた仙二は、さすが青年団の口ききだけあった。彼は、役場に用事があった時、戸籍係に、沢や婆さんの戸籍を調べて貰った。彼は三十四年目で始めて、彼女が・・・ 宮本百合子 「秋の反射」
・・・小川と盗賊方の二人とは跡に続く。さて文吉に合図を教えて客僧に面会して見ると、似も寄らぬ人であった。ようようその場を取り繕って寺を出たが、皆忌々しがる中に、宇平は殊に落胆した。 一行は福田、小川等に礼を言って長崎を立って、大村に五日いて佐・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・ いつまでも続く女の子の笑い声を聞いていると、灸はもう止まることが出来なかった。笑い声に煽られるように廊下の端まで転がって来ると階段があった。しかし、彼にはもう油がのっていた。彼はまた逆様になってその段々を降り出した。裾がまくれて白い小・・・ 横光利一 「赤い着物」
・・・ しかしこの静止状態が続くのは、せいぜい三週間であって、一個月にはならなかったと思う。土用の末ごろにはもう東山の中腹の落葉樹の塊りが、心持ち色調を変えてくる。ほんの少しではあるが、緑の色が薄くなるのである。ここで動きがまた始まる。八月か・・・ 和辻哲郎 「京の四季」
出典:青空文庫