・・・果物の籠には青林檎やバナナが綺麗につやつやと並んでいた。「どう? お母さんは。――御免なさいよ。電車がそりゃこむもんだから。」 お絹はやはり横坐りのまま、器用に泥だらけの白足袋を脱いだ。洋一はその足袋を見ると、丸髷に結った姉の身のま・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・そこにはK村では見られないような綺麗な顔をした女もいた。仁右衛門の酒は必ずしも彼れをきまった型には酔わせなかった。或る時は彼れを怒りっぽく、或る時は悒鬱に、或る時は乱暴に、或る時は機嫌よくした。その日の酒は勿論彼れを上機嫌にした。一緒に飲ん・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・髯を綺麗に剃った顋の所の人と違っている顔が殊更に引き立って見える。食堂へ出て来る。 奥さんは遠慮らしく夫の顔を一寸見て、すぐに横を向いて、珈琲の支度が忙しいというような振をする。フレンチが一昨日も昨日も感じていて、友達にも話し、妻にも話・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・今までは処々に捩れて垂れて居て、泥などで汚れて居た毛が綺麗になって、玻璃のように光って来た。この頃は別荘を離れて、街道へ出て見ても、誰も冷かすものはない。ましてや石を投げつけようとするものもない。 しかし犬が気持ちよく思うのはこの時もた・・・ 著:アンドレーエフレオニード・ニコラーエヴィチ 訳:森鴎外 「犬」
・・・ まだ二十歳そこらであろう、久留米絣の、紺の濃く綺麗な処は初々しい。けれども、着がえのなさか、幾度も水を潜ったらしく、肘、背筋、折りかがみのあたりは、さらぬだに、あまり健康そうにはないのが、薄痩せて見えるまで、その処々色が褪せて禿げてい・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・このまア銀杏の葉の綺麗なこと。さア出掛けましょう」 民子の美しい手で持ってると銀杏の葉も殊に綺麗に見える。二人は坂を降りてようやく窮屈な場所から広場へ出た気になった。今日は大いそぎで棉を採り片付け、さんざん面白いことをして遊ぼうなどと相・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・此の娘は聟えらびの条件には、男がよくて姑がなくて同じ宗の法華で綺麗な商ばいの家へ行きたいと云って居る。千軒もあるのぞみ手を見定め聞定めした上でえりにえりにえらんだ呉服屋にやったので世間の人々は「両方とも身代も同じほどだし馬は馬づれと云う通り・・・ 著:井原西鶴 訳:宮本百合子 「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」
・・・ それに、その葉かげから、隣りの料理屋の綺麗な庭が見える。燈籠やら、いくつにも分岐した敷石の道やら、瓢箪なりの――この形は、西洋人なら、何かに似ていると言って、婦人の前には口にさえ出さぬという――池やら、低い松や柳の枝ぶりを造って刈り込・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・シカモ鰍の味噌煮というような下宿屋料理を小言云い云い奇麗に平らげた。が、率ざ何処かへ何か食べに行こうとなるとなかなか厳ましい事をいった。三日に揚げずに来るのに毎次でも下宿の不味いものでもあるまいと、何処かへ食べに行かないかと誘うと、鳥は浜町・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・「海の神様を祭ったお宮様だもの、綺麗な蝋燭をあげれば、神様もお喜びなさるのにきまっている」と、その町の人々は言いました。 蝋燭屋では、絵を描いた蝋燭が売れるのでお爺さんは、一生懸命に朝から晩まで蝋燭を造りますと、傍で娘は、手の痛くな・・・ 小川未明 「赤い蝋燭と人魚」
出典:青空文庫