一 深川八幡前の小奇麗な鳥屋の二階に、間鴨か何かをジワジワ言わせながら、水昆炉を真中に男女の差向い。男は色の黒い苦み走った、骨組の岩畳な二十七八の若者で、花色裏の盲縞の着物に、同じ盲縞の羽織の襟を洩れて、印・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・活動見ても、綺麗な女優が出て来たら、眼エつぶっとれ、とこない言いよりまんねん。どだい無茶ですがな。ほんまにあんな女子にかかったら、一生の損でっせ。そない思いはれしまへんか」 じっと眼を細めて、私の顔を見つめていたが、それはそうと、とまた・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・ここを綺麗にして出るとなると七八百の金が要るんだがね、逃げだしたためT君のような別な地獄へ投りこまれることになるかもしれないがね、それにしても死神に脅かされているよりはましだという気がするよ。僕はどうかするとあの仏殿の地蔵様の坐っている真下・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
・・・身嗜みが奇麗で、喬は女にそう言った。そんなことから、女の口はほぐれて、自分がまだ出てそうそうだのに、先月はお花を何千本売って、この廓で四番目なのだと言った。またそれは一番から順に検番に張り出され、何番かまではお金が出る由言った。女の小ざっぱ・・・ 梶井基次郎 「ある心の風景」
・・・おう奇麗だ。と話を消してしまいぬ。 名にし負える荻はところ狭く繁り合いて、上葉の風は静かに打ち寄する漣を砕きぬ。ここは湖水の汀なり。争い立てる峰々は残りなく影を涵して、漕ぎ行く舟は遠くその上を押し分けて行く。松が小島、離れ岩、山は浮世を・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・よほど綺麗な人でも、人は誰でも好意をもってくれるのが当り前のように思っているとひどい目にあうことがある。また相手の財産などあまりあてにならぬ。何故なら今日の世態ではよほどの財産でない限り、やがてじきになくなるからだ。相手の人格と才能とをたの・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・と云いながら傍へ寄って、源三の衣領を寛げて奇麗な指で触ってみると、源三はくすぐったいと云ったように頸を縮めて障りながら、「お止よ。今じゃあ痛くもなんともないが、打たれた時にあ痛かったよ。だって布袋竹の釣竿のよく撓う奴でもってピューッ・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・だから、自分でキチン/\と綺麗にしておいた方がいゝよ。そしたら却々愛着が出るもんだ。」 それから、看守の方をチラッと見て、「ヘン、しゃれたもんだ、この不景気にアパアト住いだなんて!」 と云って、出て行った。 長い・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・山村の好男子美しいところを御覧に供しようかねと撃て放せと向けたる筒口俊雄はこのごろ喫み覚えた煙草の煙に紛らかしにっこりと受けたまま返辞なければ往復端書も駄目のことと同伴の男はもどかしがりさてこの土地の奇麗のと言えば、あるある島田には間があれ・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・あの冬になってもやはり綺麗に見える庭の後に、懐かしげな立派な家が立ち並んでいる町を歩いていたときの事である。あのあたりの家はみな暖かい巣のような家であって、明るい人懐かしげな窓の奥からは折々面白げに外を見ている女の首が覗いたり、または清い苦・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
出典:青空文庫