･･･そこで私は丁嚀に傷口を拡げて、水で奇麗に洗った。手拭で力委せに縛った。 応急手当が終ると、――私は船乗りだったから、負傷に対する応急手当は馴れていた――今度は、鉄窓から、小さな南瓜畑を越して、もう一つ煉瓦塀を越して、監獄の事務所に向って･･･ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
･･･一通り中好くして睦じく奇麗に附合うは宜し。我輩も勉めて勧告する所なれども、真実親愛の情に至て彼れと此れと果して同様なるを得べきや否や。我輩は人間の天性に訴えて叶わぬことゝ断言するものなり。一 嫉妬の心努ゆめゆめ発すべからず。男婬･･･ 福沢諭吉 「女大学評論」
･･･鬚を綺麗に剃っている。指の爪と斬髪頭とに特別の手入をしている。衣服は第一流の裁縫師に拵えさせる。冷水浴をして sport に熱中する。昔は Monsieur de Voltaire, Monsieur de Buffon だなんと云って、ロ･･･ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
･･･その大きな谷あいには森もなく、畑もなく、家もなく、ただ奇麗な谷あいであった。それから山の脊に添うて曲りくねった路を歩むともなく歩でいると、遥の谷底に極平たい地面があって、其処に沢山点を打ったようなものが見える。何ともわからぬので不思議に堪え･･･ 正岡子規 「くだもの」
･･･ 殊にその泥岩層は、川の水の増すたんび、奇麗に洗われるものですから、何とも云えず青白くさっぱりしていました。 所々には、水増しの時できた小さな壺穴の痕や、またそれがいくつも続いた浅い溝、それから亜炭のかけらだの、枯れた蘆きれだのが、･･･ 宮沢賢治 「イギリス海岸」
ソヴェト同盟の南にロストフという都会がある。ドン川という大きい河に沿って、花の沢山咲いた綺麗な街が、新しい労働者住宅やクラブの間にとおっている。私は七月のある朝、ドイツからソヴェト同盟へやって来たドイツの労働者見学団といっ･･･ 宮本百合子 「明るい工場」
･･･一つの机の上を綺麗に空虚にして置いて、その上へその折々の急ぐ為事を持って行く。そしてその急ぐ為事が片付くと、すぐに今一つの机の上に載せてある物をそのあとへ持ち出す。この載せてある物はいつも多い。堆く積んである。それは緩急によって畳ねて、比較･･･ 森鴎外 「あそび」
･･･そしてあの小さい綺麗な女房がまたパンの皮を晩食にするかと思うと、気の毒でならなかった。ところがその心持を女房に知らせたくないので、女房をどなり附けた。「あたりめえよ。銭がありゃあ皆手めえが無駄遣いをしてしまうのだ。ずべら女めが。」 ･･･ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
･･･あの赤坊は奇麗かは知りませんが、アノ従四位様のお家筋に坊の気高い器量に及ぶ者は一人もありません。とにかく坊はソックリそのまま、わたしの心には、あの赤んぼうよりか、だれよりか可愛くッてならないのだよ」と仰有って、少しだまっていらっしゃると思っ･･･ 若松賤子 「忘れ形見」
出典：青空文庫
