・・・と親仁は月下に小船を操る。 諸君が随処、淡路島通う千鳥の恋の辻占というのを聞かるる時、七兵衛の船は石碑のある処へ懸った。 いかなる人がこういう時、この声を聞くのであるか? ここに適例がある、富岡門前町のかのお縫が、世話をしたというか・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・―― 不思議な光景は、美しき女が、針の尖で怪しき魔を操る、舞台における、神秘なる場面にも見えた。茶店の娘とその父は、感に堪えた観客のごとく、呼吸を殺して固唾を飲んだ。 ……「ああ、お有難や、お有難い。トンと苦悩を忘れました。お有難い・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・ 全く自ら筆を操る事が出来なくなってからの口授作にも少しも意気消沈した痕が見えないで相変らずの博引旁証をして気焔を揚げておる。馬琴の衒学癖は病膏肓に入ったもので、無知なる田夫野人の口からさえ故事来歴を講釈せしむる事が珍らしくないが、自ら・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・アルファベットを操る間絶えず胸に描いていた美しい、魅力のある内地が、あの封筒一ツに覆がえされてしまった。 栗本は、ベッドに腰かけて、心の動揺と戦った。茅葺きの家も、囲炉裏も、地酒も、髯みしゃの親爺も、おふくろも――それらは安らかさと、輝・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・ 西洋人の曲馬師らしいのが居てそれが先ずセロを弾く、それから妙な懸稲のようにかけ渡した麻糸を操るとそれがライオンのように見えて来る。そのうちにライオンとも虎ともつかぬ動物がやって来て自分に近寄り、そうして自分の顔のすぐ前に鼻面を接近させ・・・ 寺田寅彦 「夢判断」
・・・櫂操るはただ一人、白き髪の白き髯の翁と見ゆ。ゆるく掻く水は、物憂げに動いて、一櫂ごとに鉛の如き光りを放つ。舟は波に浮ぶ睡蓮の睡れる中に、音もせず乗り入りては乗り越して行く。蕚傾けて舟を通したるあとには、軽く曳く波足と共にしばらく揺れて花の姿・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・蚊の声す忍冬の花散るたびに広庭の牡丹や天の一方に庵の月あるじを問へば芋掘りに狐火や髑髏に雨のたまる夜に 常人をしてこの句法に倣わしめば必ずや失敗に終らん、手爾葉の結尾をもって一句を操るもの、蕪村の蕪村たるゆえんなり。・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・ 中国をケシかけ、ポーランドを操るだけでは我慢出来なくなった列国は、一九三〇年の初めローマ法王を先頭にして、反ソヴェト十字軍を起してドッと攻めかけようとした。その口実はこうだった。「ソヴェト同盟で宗教の自由が奪われているのは人類の正義に・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・楫をとるもの、艪を操るものには元より個々の力の働きがあるであろう。しかし進み行くべき針路は定っている」太陽をめぐる天体の運行が形容の例にとられ、そのような「拘束でない節制」を文化にもたらす組織として成立し、事業を物故文芸家慰霊祭、遺品展覧会・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・なぜなら、一定の機械を操る技術を覚えたということだけでは、それはまだ彼女たちの身についた文化としての内容をなすにはいたっていないものであるから。文明の進歩した技術に使われる馴れた小さい手となっただけでなく、それが文化の実質となるためには、若・・・ 宮本百合子 「婦人の文化的な創造力」
出典:青空文庫