・・・我輩未だその人を見ざるのみならず、その流行のいよいよ盛んなるに従って自ら戒むるの法もいよいよ綿密にして、謹慎に謹慎を加うるは、世界古今人情の常なり。人生の身体とその精神と、いずれをも軽しとしまた重しとすべからざるはいうまでもなきことにして、・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・感激の強度と、批評的価値の高下とは綿密に考えられなければならないものではございますまいか。 けれども、私共は先ず、此の催眠させられる程烈しく湧き上る憧憬は、如何なる背景をその後に持って居るか考えなければなりません。其程の恍惚の歓びは、何・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・今月発表されたのは前篇であり、後篇での見とおしはつけ難いのであるが、この小説は、もっと主要な部分部分を、突っ込んで綿密に書かれたら、描かれている世界の現実感も深まり、意義ふかい、社会的な立体性も強く活かされたであろうと思う。平凡な構成ではあ・・・ 宮本百合子 「十月の文芸時評」
・・・けれども、凝っと脈搏に注意したり息の音にきき入っていると、祖母はこれまでの祖母とはまるで違い、ひっそりした内密の魂の何処かで、いそがず綿密に何かの準備をしている人のように思えた。手落ちない、この世の最後の仕度にとりかかっているような。傍の私・・・ 宮本百合子 「祖母のために」
・・・ 彼等は、若い愛人同士とは思われない程落付いた綿密な態度で、家庭生活のプログラムを議し合うでしょう。 第一、充分な時間。第二、研究なり仕事なりを実行するに是非必要な精力の経済。これ等が微細な実行問題となっては、種々な部分と、方法とに・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
・・・がないから、という片づけかたには、それを掲載するしないにかかわらず、文化発展のための蓄積・文化進歩の一々の過程についての綿密な評価の欠如が感じられる。 第一次欧州大戦後、敗戦したドイツではフライブルグ大学教授ヴィットコップによって「戦没・・・ 宮本百合子 「「どう考えるか」に就て」
・・・と、綿密に自分の小型旅行案内をくっては調べてやっている。「米原三時五十五分ですよ」「これ何時にいぐんです?」「上野が五時半頃でしょう」 満鉄は、そうきいても、ぼーとしたように黙っている。 いつしかレールは左右に幾条も・・・ 宮本百合子 「東京へ近づく一時間」
・・・松坂では殿町に目代岩橋某と云うものがいて、九郎右衛門等の言うことを親切に聞き取って、綿密な調べをしてくれた。その調べ上げた事実を言って聞せられた時は、一行は暗中に燈火を認めたような気がしたのである。 松坂に深野屋佐兵衛と云う大商人がある・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・四 私は高橋君の努力をも町井君の努力をも十分に認めているが、中にも高橋君が非常に綿密に研究せられた処のあるのを見て感心している。原文とイギリス訳とを対照せられたのは決して、徒労ではなかった。五 私は自分の訳本・・・ 森鴎外 「不苦心談」
・・・しかもその後者を考えるに際して、かなり綿密である。たとえば人間の道理の一例として、彼は、「身持が身の程を超えれば天罰を蒙る」という命題をかかげる。これはギリシア人などが極力驕慢を警戒したのと同じ考えで、ギリシアにおいても神々の罰が覿面に下っ・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫