・・・ 我々が、種々な社会状態、生活現象を観察する場合、先ず予備知識として頭に入れて置かなければならないのはその社会が、どんな個人によって形成されているかと云うことだと思います。 総体として如何なる気質の人間の集合であるか、箇々の箇人は、・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
・・・ かような心の状態にあった彼女は、自分の周囲の総体的の運動とは、まるで違った方向に、彼女の路を踏もうとしていた。 それ故、その総体的の方向を変化させる力などは、もちろん持たなかった彼女は、当然来るべき孤独のうちに、否でも応でも自らを・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・良子嬢は、その総体の生活気分をひっくるめて「面白くない」という表現を与えている。 うちがそういう事情で面白くない。面白そうなところと目されたのがカフェーであった。小市民階級の娘たちが、うちが面白くないので、飛び出して、例えば映画女優にな・・・ 宮本百合子 「花のたより」
・・・「子安講をやるんだら、いっそ組合総体が入ってしるべ! あんな裏切もんの指図でしるこたねえだ」「おーさ!」 月の光がガラス戸の外一面に流れ、宵の口は薄ら寒かったが、今はみんな熱心に喋るもんで水が飲みたいぐらいになって来た。××さん・・・ 宮本百合子 「飛行機の下の村」
・・・おのおの手には帳面を持ち、その行為がよいと批評されれば、人生に於けるあらゆる斯の如き種類の行動の下に、よし、と書き込み、悪いと云われればまた、同じ総体を、一言の下に、恐るべき悪行と断定する。人生の、あらゆる行為の価値は、明に個々の行為者に属・・・ 宮本百合子 「深く静に各自の路を見出せ」
・・・ しかしながら、一人の作家としての誠意、努力がどのように正当に高く評価されたとしても、或る文学運動が或る時期にその総体の中に持っていた未熟さというものは、やはり客観的には目に映るものであるし、とりあげられるのが自然であろうと思います。・・・ 宮本百合子 「不必要な誠実論」
・・・ ところでもう一つ、総体的に興味を感じたことは、陳列されている画が一種型にはまらぬ柔軟性を持っていることだ。描き手が若い人々で、ブルジョア美術の伝統によごされてないということが一つの理由。技術の素朴さから・・・ 宮本百合子 「プロレタリア美術展を観る」
・・・ だが、イギリス、フランスでも、数と質において総体的に見れば、婦人作家は男の作家に劣っている。 日本においては勿論そうだ。 同じ、ブルジョア文化発達過程の中でも、婦人の文化は一般的にいって男のもつ水準より低かったこと、日常生活の・・・ 宮本百合子 「プロレタリア婦人作家と文化活動の問題」
・・・家隷は帰って、「しまいの四つだけは聞きましたが、総体の桴数はわかりません」と言った。橋谷をはじめとして、一座の者が微笑んだ。橋谷は「最期によう笑わせてくれた」と言って、家隷に羽織を取らせて切腹した。吉村甚太夫が介錯した。井原は切米三人扶持十・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・時には人類を地球上の人間の総体と考える。すると、「少数の人にしか深い美は見えないのなら、美が何で人類の喜びかと思いたくなる」という懐疑が起こって来る。しかしこの懐疑は「人類」の意義が量から質に、物質から意味価値に移されるとき、たちまちに脱却・・・ 和辻哲郎 「『劉生画集及芸術観』について」
出典:青空文庫