・・・さらにその特点をいえば、大都会の生活の名残と田舎の生活の余波とがここで落ちあって、緩やかにうずを巻いているようにも思われる。 見たまえ、そこに片眼の犬が蹲っている。この犬の名の通っているかぎりがすなわちこの町外れの領分である。 見た・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・流れには紅黄大小かずかずの木の葉、たちまち来たりたちまち去り、緩やかに回転りて急に沈むあり、舟のごとく浮かびて静かに流るるあり。この時東の空、雲すこしく綻びて梢の間より薄き日の光、青年の顔に落ちぬ、青年は夢に舟を浮かべて清き流れを下りつつあ・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・下りは登りよりかずっと勾配が緩やかで、山の尾や谷間の枯れ草の間を蛇のようにうねっている路をたどって急ぐと、村に近づくにつれて枯れ草を着けた馬をいくつか逐いこした。あたりを見るとかしこここの山の尾の小路をのどかな鈴の音夕陽を帯びて人馬いくつと・・・ 国木田独歩 「忘れえぬ人々」
・・・水湯茶のたぐいをのみ飲まんもあしかるべし、あつき日にはあつきものこそよかるべけれとて、寒月子くず湯を欲しとのぞめば、あるじの老媼いなかうどの心緩やかに、まことにあしき病なんど行わるる折なれば、くず湯召したまわんとはよろしき御心づきなり、湯の・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・は隅田川沿いの寺島や隅田の村でさえさほどに賑やかではなくて、長閑な別荘地的の光景を存していたのだから、まして中川沿い、しかも平井橋から上の、奥戸、立石なんどというあたりは、まことに閑寂なもので、水ただ緩やかに流れ、雲ただ静かに屯しているのみ・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・が生物のように緩やかに揺曳していると思うと真中の処が慈姑の芽のような形に持上がってやがてきりきりと竜巻のように巻き上がる。この現象の面白さは何遍繰返しても飽きないものである。 物理学の実験に煙草の煙を使ったことはしばしばあった。ことに空・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・人形がゆらりゆらり御叩頭をしたり、挙げた両手をぶらぶらさせながら、緩やかに廻転しながら下りて行くのは、ちょっと滑稽な感じのするものである。それが向う河岸の役所の構内へ落ちそうになると、そこの崖で見ていた中年の紳士の一人は急いで駆け出して行っ・・・ 寺田寅彦 「雑記(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・しかしてこの曲線の傾斜が甚だ緩やかにして十年二十年あるいは人間一代の間に著しき変化を示さぬごときものならば如何なるべきか。この場合には箇々の人間にとりての予報の実用的価値は極めて少なかるべし。 次に上の仮想的の場合において現象の発生する・・・ 寺田寅彦 「自然現象の予報」
・・・仰向いて会場の建築の揺れ工合を注意して見ると四、五秒ほどと思われる長い週期でみし/\みし/\と音を立てながら緩やかに揺れていた。それを見たときこれならこの建物は大丈夫だということが直感されたので恐ろしいという感じはすぐになくなってしまった。・・・ 寺田寅彦 「震災日記より」
・・・此の bitume 色の茎の間を縫つて、黒ずんだ上に鈍い反射を見せてゐる水の面を、十羽ばかりの雁が緩やかに往来してゐる。中には停止して動かぬのもある。」 此の景は池之端七軒町から茅町に到るあたりの汀から池を見たものであろう。作者は此の景・・・ 永井荷風 「上野」
出典:青空文庫