・・・申しまして、不思議なことをするのでありますが、もっともこの宗門の出家方は、始めから寒垢離、断食など種々な方法で法を修するのでございまして、向うに目指す品物を置いて、これに向って呪文を唱え、印を結んで、錬磨の功を積むのだそうでありまする。・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・伊藤八兵衛に用いられたのはこの円転滑脱な奇才で、油会所の外交役となってから益々練磨された。晩年変態生活を送った頃は年と共にいよいよ益々老熟して誰とでも如才なく交際し、初対面の人に対してすらも百年の友のように打解けて、苟にも不快の感を与えるよ・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・愚かな意見とお思いの方もあるだろうが、たとい国の平和な時でも、男子は常に武術の練磨に励まなければいかなかったのだ。科学者たらんとする者も、政治家たらんとする者も、また宗教家、あるいは、そこに(速記者のほうを、ぐいと顎いらっしゃる芸術家の卵に・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・ 科学者としても理論的科学者でなくてどこまでも実験的科学者であった西鶴が、また人間の経験の習熟練磨の効果を尊重したのは当然のことである。そうした例としては『諸国咄』中の水泳の達人の話、蚤虱の曲芸の話、また「力なしの大仏」の色々の条項を挙・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・ 俳句の修業はその過程としてまず自然に対する観察力の練磨を要求する。俳句をはじめるまではさっぱり気づかずにいた自然界の美しさがいったん俳句に入門するとまるで暗やみから一度に飛び出してでも来たかのように眼前に展開される。今までどうしてこれ・・・ 寺田寅彦 「俳句の精神」
・・・ひっきょう、経世は活学にして、当局者が局にあたりて後の練磨なり、決して学校より生ずるものに非ずとして安心せんと欲するも、ここに安心すべからざるものあり。すなわち人生奇異を好むの性情にして、たとい少年を徳学に養い理学に育して、あたかもこれを筐・・・ 福沢諭吉 「経世の学、また講究すべし」
・・・今日プロレタリア作家に課せられている任務は、あらゆる芸術的技術を統一し練磨し、階級性の集注的表現=プロレタリアートの組織の基本的線に従属させ、その独特で鋭利な武器となるべき時にあるからである。「樹のない村」で読者は直接農民委員会、または・・・ 宮本百合子 「一連の非プロレタリア的作品」
・・・ そして、初めはなんとなく弱く、あるいは数も少いその歌声が、やがてもっと多くの、まったく新しい社会各面の人々の心の声々を誘いだし、その各様の発声を錬磨し、諸音正しく思いを披瀝し、新しい日本の豊富にして雄大な人民の合唱としてゆかなければな・・・ 宮本百合子 「歌声よ、おこれ」
・・・非常に天分ある大作家でも、矛盾相剋するブルジョア階級の世界観の環内に止っているところにあっては、文学的練磨がつみ重ねられ、才能が流暢に物語り出すにつれ益々その作家に現れる矛盾は、その作家自身にとって克服し難い妥協なく顕著なものとなって来る。・・・ 宮本百合子 「作家研究ノート」
・・・すべての自分の持つ才能と同じに――否、すべての才能より真先に、愛は最高の練磨を受けなければならないはずであったことを、からくも今知ったのであった。「宇宙に対する完全なる知と、神に対する完全なる愛とは同一不二である」 という言葉を読む・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
出典:青空文庫