・・・が、その縄目をうけた姿を見たら、急に自分で、自分がいじらしくなって、思わず泣いてしまったと、まあこう云うのでございますがな。まことにその話を聞いた時には、手前もつくづくそう思いましたよ――」「何とね。」「観音様へ願をかけるのも考え物・・・ 芥川竜之介 「運」
・・・ 一切の準備の終った時、役人の一人は物々しげに、三人の前へ進みよると、天主のおん教を捨てるか捨てぬか、しばらく猶予を与えるから、もう一度よく考えて見ろ、もしおん教を捨てると云えば、直にも縄目は赦してやると云った。しかし彼等は答えない。皆・・・ 芥川竜之介 「おぎん」
・・・が、いくら身悶えをしても、体中にかかった縄目は、一層ひしひしと食い入るだけです。わたしは思わず夫の側へ、転ぶように走り寄りました。いえ、走り寄ろうとしたのです。しかし男は咄嗟の間に、わたしをそこへ蹴倒しました。ちょうどその途端です。わたしは・・・ 芥川竜之介 「藪の中」
・・・が、あたかも蝙蝠の骨のように飛んでいた。 取って構えて、ちと勝手は悪い。が、縄目は見る目に忍びないから、衣を掛けたこのまま、留南奇を燻く、絵で見た伏籠を念じながら、もろ手を、ずかと袖裏へ。驚破、ほんのりと、暖い。芬と薫った、石の肌の軟か・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・昨年の春、えい、幸福クラブ、除名するなら、するがよい、熊の月の輪のような赤い傷跡をつけて、そうして、一年後のきょうも尚、一杯ビイル呑んで、上気すれば、縄目が、ありあり浮んで来る、そのような死にそこないの友人のために、井伏鱒二氏、檀一雄氏、そ・・・ 太宰治 「喝采」
・・・未遂で人に見とがめられ、縄目の恥辱を受けたくなかった。それからどれほど歩いたのか。百種にあまる色さまざまの計画が両国の花火のようにぱっとひらいては消え、ひらいては消え、これときまらぬままに、ふらふら鎌倉行の電車に乗った。今夜、死ぬのだ。それ・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・ガリレーはその執拗な旋毛曲りのために縄目の苦しみを受けなければならなかった。ニュートンがデカルト派の形而上学的宇宙観から割り出した物理学を離れて Hypotheses non fingo という立場からあのような偉業をしたのもそうである。H・・・ 寺田寅彦 「科学上における権威の価値と弊害」
出典:青空文庫