・・・彼は煙突の中に垂れた一すじの鎖に縊死していた。が、彼の水兵服は勿論、皮や肉も焼け落ちたために下っているのは骸骨だけだった。こう云う話はガンルウムにいたK中尉にも伝わらない訣はなかった。彼はこの下士の砲塔の前に佇んでいた姿を思い出し、まだどこ・・・ 芥川竜之介 「三つの窓」
・・・わずもあれ、かれを師とするもののうちには、師の発展のはかばかしくないのをまどろッこしく思って、その対抗者の方へ裏切りしたものもあれば、また、師の人物が大き過ぎて、悪魔か聖者か分らないため、迷いに迷って縊死したのもある。また、師の発明工風中の・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・そして、もし満足に、幸福に、かつできうべくんば、その人の分相応――わたくしは分外のことを期待せぬ――の社会価値を有して死ぬとすれば、病死も、餓死も、凍死も、溺死も、震死も、轢死も、縊死も、負傷の死も、窒息の死も、自殺も、他殺も、なんの哀弔し・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・社会に何人も至難である、而して若し満足に、幸福に、且つ出来得べくんば其人の分相応――私は分外のことを期待せぬ――の社会的価値を有して死ぬとせば、病死も、餓死も、凍死も、溺死も、焚死も、震死も、轢死も、縊死も、負傷の死も、窒息の死も、自殺も、・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・風がわりの作家、笠井一の縊死は、やよいなかば、三面記事の片隅に咲いていた。色様様の推察が捲き起ったのだけれども、そのことごとくが、はずれていた。誰も知らない。みやこ新聞社の就職試験に落第したから、死んだのである。 落第と、はっきり、きま・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・私は鎌倉の山で縊死を企てた。 やはり鎌倉の、海に飛び込んで騒ぎを起してから、五年目の事である。私は泳げるので、海で死ぬのは、むずかしかった。私は、かねて確実と聞いていた縊死を選んだ。けれども私は、再び、ぶざまな失敗をした。息を、吹き返し・・・ 太宰治 「東京八景」
出典:青空文庫