・・・ 僕は読売新聞に連載をはじめてから秋声の「縮図」を読んだ。「縮図」は都新聞にのった新聞小説だが、このようなケレンのない新聞小説を読むと、僕は自分の新聞小説が情けなくなって来る。「縮図」は「あらくれ」ほどの迫力はないが、吉田栄三の芸を・・・ 織田作之助 「文学的饒舌」
・・・最近よんだ作品の中で、最も誇張でない秋声の「縮図」にさえ、私はある種の誇張を感じている。 私は目下、孤独であり、放浪的である。しかし、これも私の本意ではなかった。私は孤独と放浪を書きつづけているうちに、ついに私自身、孤独と放浪の中へ追い・・・ 織田作之助 「私の文学」
・・・すなわちこのような町外れの光景は何となく人をして社会というものの縮図でも見るような思いをなさしむるからであろう。言葉を換えていえば、田舎の人にも都会の人にも感興を起こさしむるような物語、小さな物語、しかも哀れの深い物語、あるいは抱腹するよう・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・この一と夏の海水浴の不首尾は実に人生そのものの不首尾不如意の縮図のごときものであった。 それから後にも家族連れの海水浴にはとかく色々の災難が附纏ったような気がする。そのうちにまた自分が病気をしてうっかり海水浴の出来ないようなからだになっ・・・ 寺田寅彦 「海水浴」
・・・少なくも自分の場合には何枚かの六×九センチメートルのコダック・フィルムの中に一九三一年における日本文化の縮図を収めるつもりで歩くのであるが、なかなかそううまくは行かない。しかしそういうつもりで、この特別な目をぶらさげて歩いているだけでもかな・・・ 寺田寅彦 「カメラをさげて」
・・・ 要するに西鶴が冷静不羈な自分自身の眼で事物の真相を洞察し、実証のない存在を蹴飛ばして眼前現存の事実の上に立って世界の縮図を書き上げようとしている点が、ある意味で科学的と云っても大した不都合はないと思われる。 科学者にも色々の型・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・そうしてそれがそうであることによって、それは現代世相の索引でありまた縮図ともなっているのである。 食堂や写真部はもちろん、理髪店、ツーリスト・ビュロー、何でもある。近頃郵便局の出来たところもある。職業紹介所と結婚媒介所はいまだないようで・・・ 寺田寅彦 「夏」
・・・日本の或る姿がここに縮図されていた。 ところが、程なく、私たちはまた新しい図案の一銭にめぐり合うこととなった。その一銭に登場したのは若い勤労婦人の三分身像であった。白い布で頭をくるみ、作業服に白いカラーを見せ、優しくしっかりした横顔を見・・・ 宮本百合子 「郵便切手」
出典:青空文庫