・・・そして、街頭は、人出が繁いのであるが、さて、今日地道な生活の人々はもう値段かまわぬ買物をして暮す気分ではなくなった。戦時利得税をいずれ払わなくてはならず、しかも、大財閥に対してのように、政府が様々の法式を考案して、とり上げた金をまた元に戻し・・・ 宮本百合子 「人民戦線への一歩」
・・・ 音や人目や色彩や、それが余り繁いので、つまり無いと同じ雑踏の中で油井はみのえの手を執り、自分の傍へ引きよせた。油井が大人の男であるのがみのえの満足であった。彼はけちな、直き赭い顔をする中学生ではない。母親の横顔はつい三四人隔てて見えて・・・ 宮本百合子 「未開な風景」
・・・ 赤羅紗服地の見本みたいに念の入った恰好をした英国の兵士達が剣がわりの杖を小脇に挾みながら人通の繁いハイド・パアク・コオナアで横目を使った。そこでは乗合自動車を降りるとその足で真直「婦人用」と札の下った公園の鉄柵中へ行く女は大勢ある。・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
出典:青空文庫