・・・コルソの通りには織るように人が群れていた。春の日は麗かに輝いて、祭日の人心を更らに浮き立たした。男も女も僧侶もクララを振りかえって見た。「光りの髪のクララが行く」そういう声があちらこちらで私語かれた。クララは心の中で主の祈を念仏のように繰返・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・は、フロックコート着たる紳士、制服着けたる武官、あるいは羽織袴の扮装の人物、その他、貴婦人令嬢等いずれもただならず気高きが、あなたに行き違い、こなたに落ち合い、あるいは歩し、あるいは停し、往復あたかも織るがごとし。予は今門前において見たる数・・・ 泉鏡花 「外科室」
・・・そのうちに私の耳はそのなかから機を織るような一定のリズムを聴きはじめたのです。手の調子がきまって来たためです。当然きこえる筈だったのです。なにかきこえると聴耳をたてはじめてから、それが一つの可愛いリズムだと思い当てたまでの私の気持は、緊張と・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
・・・初冬といっても彼らの活動は空に織るようである。日光が樫の梢に染まりはじめる。するとその梢からは白い水蒸気のようなものが立ち騰る。霜が溶けるのだろうか。溶けた霜が蒸発するのだろうか。いや、それも昆虫である。微粒子のような羽虫がそんなふうに群が・・・ 梶井基次郎 「冬の蠅」
・・・麓の家で方々に白木綿を織るのが轡虫が鳴くように聞える。廊下には草花の床が女帯ほどの幅で長く続いている。二三種の花が咲いている。水仙の一と株に花床が尽きて、低い階段を拾うと、そこが六畳の中二階である。自分が記念に置いて往った摺絵が、そのままに・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・に作り、それを紺屋に渡して染めさせたのを手機に移して織るのであった。裏の炊事場の土間の片すみにこしらえた板の間に手機が一台置いてあった。母がそれに腰をかけて「ちゃんちゃんちゃきちゃん」というこれもまた四拍子の拍音を立てながら織っている姿がぼ・・・ 寺田寅彦 「糸車」
・・・公園裏にて下り小路を入れば人の往来織るがごとく、壮士芝居あれば娘手踊あり、軽業カッポレ浪花踊、評判の江川の玉乗りにタッタ三銭を惜しみたまわぬ方々に満たされて囃子の音ただ八ヶまし。猿に餌をやるどれほど面白きか知らず。魚釣幾度か釣り損ねてようや・・・ 寺田寅彦 「半日ある記」
・・・馬車の往来が織るような街の両側の人道の並木の下には手を組んだ男女の群が楽しそうに通っている。覘いている竹村君の後ろをジャン/\と電車が喧しい音を立てて行くと、切るような凩が外套の裾をあおる。隣りの文房具店の前へ来るとしばらく店口の飾りを眺め・・・ 寺田寅彦 「まじょりか皿」
・・・ 夜ごと日ごとに鏡に向える女は、夜ごと日ごとに鏡の傍に坐りて、夜ごと日ごとのはたを織る。ある時は明るきはたを織り、ある時は暗きはたを織る。 シャロットの女の投ぐる梭の音を聴く者は、淋しき皐の上に立つ、高き台の窓を恐る恐る見上げぬ事は・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・その代りに自分は自分で米を搗き自分で着物を織ると同程度の或る専門的の事を人に向ってしつつあるという訳になる。私はいまだかつて衣物を織ったこともなければ、靴足袋を縫ったこともないけれども、自ら縫わぬ靴足袋、あるいは自ら織らぬ衣物の代りに、新聞・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
出典:青空文庫