・・・を、はじめからひとりで歩いていたつもりなのに、どうしてこう突然に、失敬な、いまわしい決闘の申込状やら、また四十を越した立派な男子が、泣きべそをかいて私の部屋にとびこんで来たり、まるで、私ひとりがひどい罪人であるかのように扱われている。私には・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・これは当然の事としても、それがためにニュートンを罪人呼ばわりするのはあまりに不公平である。罪人はもっともっとほかにたくさんある。言わばニュートンは真理の殿堂の第一の扉を開いただけで逝いてしまった。彼の被案内者は第一室の壮麗に酔わされてその奥・・・ 寺田寅彦 「案内者」
・・・そうして凡庸な探偵はいつも見当ちがいの所へばかり目をつけて、肝心な罪人を取り逃がしている、その間に名探偵は、いろいろなデマやカムフラージに迷わされず、確実な実証の連鎖をじりじりとたぐって、運命の神自身のように一歩一歩目的に迫進するのである。・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・仏蘭西の革命の時に、バステユと云う牢屋を打壊して中から罪人を引出してやったら、喜こぶと思いのほか、かえって日の眼を見るのを恐れて、依然として暗い中に這入っていたがったという話があります。ちょっとおかしな話であるが、日本でも乞食を三日すれば忘・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・古来から塔中に生きながら葬られたる幾千の罪人は皆舟からこの門まで護送されたのである。彼らが舟を捨ててひとたびこの門を通過するやいなや娑婆の太陽は再び彼らを照らさなかった。テームスは彼らにとっての三途の川でこの門は冥府に通ずる入口であった。彼・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・例の放蕩息子を迎えた父のように、いかなる愚人、いかなる罪人に対しても弥陀はただ汝のために我は粉骨砕身せりといって、これを迎えられるのが真宗の本旨である。『歎異抄』の中に上人が「弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずればひとへに親鸞一人がためなりけ・・・ 西田幾多郎 「愚禿親鸞」
・・・「こんな調子だと、善良な人民を監獄に入れて、罪人共を外に出さなけりゃ、取締りの法がつかない」と、「天神様」たちは思わない訳には行かなかった。 だが、青年団、消防組の応援による、県警察部の活動も、足跡ほどの証拠をも上げることが出来なか・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・其の民心に浸潤するの結果は、人を誤って法の罪人たらしむるに至る可し。教育家は勿論政府に於ても注意す可き所のものなり。一 女子は我家に有てはわが父母に専ら孝を行ふ理也。されども夫の家にゆきては専らしゅうとしゅうとめを我親よりも重ん・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・高瀬舟の罪人喜助の場合はそれであったように思われる。その二つの点を面白く思って高瀬舟が執筆されたのであった。「高瀬舟」の書かれたそれらの動機を今日に見る面白さは、「佐橋甚五郎」あたり迄の作品では、武家気質そのものが個人の主観の内容をも表・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
・・・という洋語も知らず、また当時の辞書には献身という訳語もなかったので、人間の精神に、老若男女の別なく、罪人太郎兵衛の娘に現われたような作用があることを、知らなかったのは無理もない。しかし献身のうちに潜む反抗の鋒は、いちとことばを交えた佐佐のみ・・・ 森鴎外 「最後の一句」
出典:青空文庫