・・・その罰の当否はしばらく擱き、とにかくに日本国において、学者と名づくる人物が獄屋に入りたるという事柄は、決して美談に非ず。窃盗博徒といえども、これを捕縛してもらさざるは、法律上において称すべき事なれども、その囚徒が獄内に充満するは、祝すべきに・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・氏の挙動も政府の処分も共に天下の一美談にして間然すべからずといえども、氏が放免の後に更に青雲の志を起し、新政府の朝に立つの一段に至りては、我輩の感服すること能わざるところのものなり。 敵に降りてその敵に仕うるの事例は古来稀有にあらず。殊・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・この必要を認め、女のそういう奮起、たくましさをよみすればこそ、良人の代りに絣のパッチ・ゴム長姿で市場への買い出しから得意まわりまでをする魚屋のおかみさんの生活力が、今日の美談となり得ているのではあるまいか。 若い女のひとたちに向って、家・・・ 宮本百合子 「新しい婦人の職場と任務」
・・・ラク町の姐御誰々を正道にたちかえらせる勧善懲悪美談の趣味がある。だがその同じ世間は、すべての女性を売淫からまもる女子の職場確保のためにたたかう組合の活動に冷淡だし、賃上げに反感をもつし、いつまでたっても元ラク町の姐御誰々と、本人を絶望させる・・・ 宮本百合子 「偽りのない文化を」
・・・つまり「経国美談」や「雪中梅」の翻訳文学が一方にあり、福沢諭吉の新興ブルジョアジーの啓蒙者としての活動が重大な指針となった時代が去った後は、徳川末期の戯作者の気風、現実に対する無批判な妥協的態度が、西欧の文学的潮流の移植の側らにあって、常に・・・ 宮本百合子 「今日の文学の鳥瞰図」
・・・日本の政府は権力に忠実な人格者英雄をつくることがさきであり、美談ずきなのに、下山氏の事件は、犯罪的な疑惑へと一般の関心を導くことに専念されている。どういう事件であるにしろ、本質は、政府の首きり政策が原因である、と死のモメントから人々の注意が・・・ 宮本百合子 「「推理小説」」
・・・婦人雑誌の表紙や口絵が、働く女を様々に描いてのせる風潮だが、その内容は軍事美談や隣組物語のほかは大体やっぱり毛糸編物、つくろいもの、家庭療治の紹介などで、たとえば十一月の婦女界が、表紙に工場の遠景と婦人労働者の肖像をつけていて内容はというと・・・ 宮本百合子 「働く婦人」
・・・何も、斯う云うことがあったからと云うばかりではなく、モーパッサンなんか、あんな大芸術家でさえ、先ず第一おかあさんに見せ、主人公を生そうか、殺そうかと云うこと迄相談したと云う美談がある位だものね。そうしようじゃあないかい?」 自分は、母の・・・ 宮本百合子 「二つの家を繋ぐ回想」
・・・ ここで、面白く思われるのは、自由民権が唱えられた時代からのより社会的性質のつよい文筆家たちは「経国美談」の作者の矢野龍溪にしろ中江兆民にしろ、主として新聞人として活躍していることである。作者紅葉とは編輯者対寄稿家という現代の関係が既に・・・ 宮本百合子 「文学における今日の日本的なるもの」
出典:青空文庫