・・・地上からまっすぐに三尺ぐらいの高さに延び立ったただ一本の茎の回りに、柳のような葉が輪生し、その頂上に、奇妙な、いっこう花らしくない花が群生している。肉眼で見る代わりに低度の虫めがねでのぞいて見ると、中央に褐色を帯びた猪口のようなものが見える・・・ 寺田寅彦 「沓掛より」
・・・濃紅色の花を群生させるが、少しはなれた所から見ると臙脂色の団塊の周囲に紫色の雰囲気のようなものが揺曳しかげろうているように見える。 人間の色彩といったようなものにもやはりこうした二種類があるように思われる。少なくも芸術的作品はそうである・・・ 寺田寅彦 「雑記帳より(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・昔の日本は珊瑚かポリポくらげのような群生体で、半分死んでも半分は生きていられた。今の日本は有機的の個体である。三分の一死んでも全体が死ぬであろう。 この恐ろしい強敵に備える軍備はどれだけあるか。政府がこれに対してどれだけの予算を組んでい・・・ 寺田寅彦 「時事雑感」
・・・わたくしは群生を福利し、きょうまんを折伏するために、乞食はいたしますが、療治代はいただきませぬ」「なるほど。それでは強いては申しますまい。あなたはどちらのお方か、それを伺っておきたいのですが」「これまでおったところでございますか。そ・・・ 森鴎外 「寒山拾得」
・・・その海の断面のような月夜の下で、花園の花々は絶えず群生した蛾のようにほの白い円陣を造っていた。そうして月は、その花々の先端の縮れた羊のような皺を眺めながら、蒼然として海の方へ渡っていった。 そういう夜には、彼はベランダからぬけ出し夜の園・・・ 横光利一 「花園の思想」
出典:青空文庫