・・・毛皮市場や祭礼の群衆の中にわれわれの親兄弟や朋友のと同じ血が流れている事を感じさせられ、われわれの遠い祖先と大陸との交渉についての大きな疑問を投げかけられるのであった。最後のクライマックスとして、荒野を吹きまくる砂風に乗じていわゆる「アジア・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・第二には群衆の使い方が拙である。おおぜいの登場者の配置に遠近のパースペクチーヴがなく、粗密のリズムがないから画面が単調で空疎である。たとえば大評定の場でもただくわいを並べた八百屋の店先のような印象しかない。この点は舶来のものには大概ちゃんと・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・恐るべきは権威でなくて無批判な群衆の雷同心理でなければならない。 本当の科学を修めるのみならずその研究に従事しようというものの忘るべからざる事は、このような雷同心の芟除にある。換言すれば勉めて旋毛を曲げてかかる事である。如何なる人が何と・・・ 寺田寅彦 「科学上における権威の価値と弊害」
・・・と云う声が、群衆の中で、そこからもここからも起った。 かなり大きな音と共に飛び出した弾は、風の音を立てて昇って行って、突然開いた。 何が出るかと思って、緊張している、大勢の頭上の空中に、一団の大きな黄黒色のボアのような煙の団塊が一つ・・・ 寺田寅彦 「雑記(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・野球の場合とちがって野天ではなく大きな円頂蓋状の屋根でおおわれた空間の中であるだけに、観客群衆のどよみがよくきこえる。行司の古典的荘重さをもった声のひびきがちゃんと鉄傘下の大空間を如実に暗示するような音色をもってきこえるのがおもしろい。観客・・・ 寺田寅彦 「相撲」
・・・ 石段の上下にあふれている見物の群衆は一斉に賑やかな行進曲の聞える上手の一団を眺めた。 近づいて見ると―― ハッハッハア。これは愉快だ。張り物である。 ウンとふとってとび出た腹に金ぐさりをまきつけて、シルク・ハットをかぶった・・・ 宮本百合子 「インターナショナルとともに」
・・・て、これまで民衆の精神にほどこしていた目隠しの布が落ちきらぬうち、せいぜい開かれた民衆の視線がまだ事象の一部分しか瞥見していないうち、なんとかして自身の足場を他にうつし、あるいは片目だけ開いた人間の大群衆を、処置に便宜な荒野の方へ導こうと、・・・ 宮本百合子 「歌声よ、おこれ」
・・・引け時だからたまらない。群衆をかきわけて飛び出した書類入鞄を抱え瘠せた赤髭の男が、雨外套の裾をひるがえして電車の踏段に片足かけ、必死になって ――入り給え! 入り給え!とやっている。電車は男を外へはみ出させたまんま動き出した。赤髭の・・・ 宮本百合子 「「鎌と鎚」工場の文学研究会」
・・・マリアは固く口をつぐんで、自分の身を明さなかったが、それらの群衆に向って、パリは持ちこたえるだろうということ、市民は危険にさらされないだろうということを話して聞かせた。 たった一人の非戦闘員である彼女を乗せた軍用列車は、信じられないほど・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人」
・・・そして、緻密な理論的考察と、自由な心の持つ新鮮な覇気とは、アメリカを毒す、余りに群衆的な輿論から毅然として、彼女の道をよき改革へ進めますでしょう。 斯ういう婦人の裡には、真個に跪拝すべきよき力が漲って居ると思います。時には、うんざりさせ・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
出典:青空文庫