・・・年一年とくらしが苦しく、わが絶望の書も、どうにも気はずかしく、夜半の友、モラルの否定も、いまは金縁看板の習性の如くにさえ見え、言いたくなき内容、困難の形式、十春秋、それをのみ繰りかえし繰りかえし、いまでは、どうやら、この露地が住み良く、たそ・・・ 太宰治 「喝采」
・・・永い眼で、ものを見る習性をこそ体得しよう。甲斐なく立たむ名こそ惜しけれ。なんじら断食するとき、かの偽善者のごとく、悲しき面容をすな。キリストだけは、知っていた。けれども神の子の苦悩に就いては、パリサイびとでさえ、みとめぬわけにはいかなかった・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・嘘つきは、習性として一刻も、無言で居られないものである。「この辺は、みんな、あなたの畑なんでしょうか。」かえって私のほうが、腫物にでも触るような、冷や冷やした気持で聞いてみた。「そうです。そうです。」すこし尖った口調で答えて、二度も・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・ 日本のひとは、おちぶれた異人を見ると、きっと白系の露西亜人にきめてしまう憎い習性を持っている。いま、この濃霧のなかで手袋のやぶれを気にしながら花束を持って立っている小さい子供を見ても、おおかたの日本のひとは、ああロシヤがいる、と楽な気・・・ 太宰治 「葉」
・・・私にはそんな軽はずみなことをしがちな悲しい習性があったのである。 あくる日は朝から雨が降っていた。 私はしぶる妻をせきたてて、一緒に上野駅へ出掛けた。 一〇三号のその列車は、つめたい雨の中で黒煙を吐きつつ発車の時刻を待っていた。・・・ 太宰治 「列車」
・・・犬を愛し犬の習性を深く究め尽くした作者でなければ到底表現することのできない真実さを表現している。 この犬を描くのと同じ行き方で正真正銘の人間を描くことがどうしてできないのか。それができたらそれこそほんとうの芸術としての漫画映画の新天地が・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・ それで、各地方でこういう風の日々変化の習性に通じていれば、その変化の異常から天気の趨勢を知る手がかりが得られるわけである。たとえば東京で夏の夕方風がなげば、それは南がかった風の反対するような気圧傾度が正常の傾度に干渉している、すなわち・・・ 寺田寅彦 「海陸風と夕なぎ」
・・・今後の戦争科学者はありとあらゆる動物の習性を研究するのが急務ではないかという気がして来る。 光の加減で烏瓜の花が一度に開くように、赤外光線でも送ると一度に爆薬が破裂するような仕掛も考えられる。鳳仙花の実が一定時間の後に独りではじける。あ・・・ 寺田寅彦 「烏瓜の花と蛾」
・・・今後の戦争科学者はありとあらゆる動物の習性を研究するのが急務ではないかという気がして来る。 光のかげんでからすうりの花が一度に開くように、赤外光線でも送ると一度に爆薬が破裂するような仕掛けも考えられる。鳳仙花の実が一定時間の後にひとりで・・・ 寺田寅彦 「からすうりの花と蛾」
・・・ 人類を幸福に世界を平和に導く道は遼遠である、そこに到達する前にまずわれわれは手近なとんぼの習性の研究から完了してかからなければならないではないか。 このとんぼの問題が片付くまでは、自分にはいわゆる唯物論的社会学経済学の所論をはっき・・・ 寺田寅彦 「三斜晶系」
出典:青空文庫