・・・「へんな老婆心を出すようだが、料理屋なら話して為替で払えばいいじゃないか」「そうも思ったんだが、実はその為替期間が切れて無効になってるんだよ」「無効になるまで、放って置いたのか」「忙しいから、つい……」 そういいわけをし・・・ 織田作之助 「鬼」
・・・青森の兄さんとも相談して、よろしくとりはからわれるよう老婆心までに申し上げます。或いは最早や温泉行きの手筈もついていることかと思います。温泉に引越したら御様子願い上げます。北沢君なんかといっしょに訪ね、小生もその附近の宿にしばらく逗留してみ・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・る意図あからさまなる言辞を吐き、帰りしなにふいと、老人、気をつけ給え、このごろ不良の学生たちを大勢集めて気焔を揚げ、先生とか何とか言われて恐悦がっているようだが、汝は隣組の注意人物になっているのだぞ、老婆心ながら忠告致す、と口速に言いてすな・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・ わたしは平生文学を志すものに向って西洋紙と万年筆とを用うること莫れと説くのは、廃物利用の法を知らしむる老婆心に他ならぬのである。 往時、劇場の作者部屋にあっては、始めて狂言作者の事務を見習わんとするものあれば、古参の作者は書抜の書・・・ 永井荷風 「十日の菊」
・・・ 以上はただ私の経験だけをざっとお話ししたのでありますけれども、そのお話しを致した意味は全くあなたがたのご参考になりはしまいかという老婆心からなのであります。あなたがたはこれからみんな学校を去って、世の中へお出かけになる。それにはまだ大・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・そして、頻りに、「これは私の老婆心からだが、あなたなんぞもここで大いに将来を考える時だね、この様子じゃ、決して楽観は出来ませんよ……やるなら死ぬ覚悟だ」と云い、そういう時は、特別声を潜め、言葉をひきのばして云うのである。 当日軍・・・ 宮本百合子 「刻々」
出典:青空文庫