文子は十七の歳から温泉小町といわれたが、「日本の男はみんな嘘つきで無節操だ。……」 だからお前の亭主には出来ん――という父親の言落を素直にきいているうちにいつか二十九歳の老嬢になり秋は人一倍寂しかった。 父親は・・・ 織田作之助 「実感」
・・・津島さんと話をしておれば苦労を忘れると、配給係りの老嬢が言った事があるそうだ。二十四歳で結婚し、長女は六歳、その次のは男の子で三歳。家族は、この二人の子供と妻と、それから、彼の老母と、彼と、五人である。そうして、とにかく、幸福な家庭なんだ。・・・ 太宰治 「家庭の幸福」
・・・ためにはハッピーエンド、彼らの目には悲劇であるかもしれない全編の終局の後に、短いエピローグとして現われ、この劇の当初からかかっていた刺繍のおとぎ話の騎士の絵のできあがったのを広げてそうして魔女のような老嬢の笑いを笑う。運命の魔女が織り成す夢・・・ 寺田寅彦 「音楽的映画としての「ラヴ・ミ・トゥナイト」」
・・・ある時下宿の老嬢フロイライン・シュメルツァー達と話していたら、何かの笑談を云って「エス・イスト・ヤー・マノーリ」というから、それは何の事だと聞いてみると、「馬鹿げた事だ」という意味の流行語だという。どういう訳で「マノリ」が「馬鹿なこと」にな・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・そしてハース氏夫妻、神戸からいっしょのアメリカの老嬢二人、それに一等のN氏とを食堂に招待してお茶を入れた。菓子はウェーファースとビスケットであった。 六 紅海から運河へ四月二十七日 午前右舷に双生の島を見た。・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・我々の目前にユロ男爵夫人、その娘オルタンス、その娘に手をひかれた老嬢ベットが現れる。 忽ちベットのまわりをぐるぐるまわってその服装の細を穿った説明に絡んだ作者の解釈。客間の古び工合の現実的な観察。その客間で、「昔は杏ジャムやポルトガルの・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
出典:青空文庫