・・・晩年変態生活を送った頃は年と共にいよいよ益々老熟して誰とでも如才なく交際し、初対面の人に対してすらも百年の友のように打解けて、苟にも不快の感を与えるような顔を決してしなかったそうだ。 が、この円転滑脱は天禀でもあったが、長い歳月に段々と・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・晩年には益々老熟して蒼勁精厳を極めた。それにもかかわらず容易に揮毫の求めに応じなかった。殊に短冊へ書くのが大嫌いで、日夕親炙したものの求めにさえ短冊の揮毫は固く拒絶した。何でも短冊は僅か五、六枚ぐらいしか書かなかったろうという評判で、短冊蒐・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・ そして今も今、いと誇り顔に「われは老熟せり」と自ら許している。アア老熟! 別に不思議はない、“Man descends into the Vale of years.”『人は歳月の谷間へと下る』という一句が『エキス・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・文学・芸術などにいたっても、不朽の傑作といわれるものは、その作家が老熟ののちよりも、かえってまだ大いに名をなしていない時代に多いのである。革命運動などのような、もっとも熱烈な信念と意気と大胆と精力とを要するの事業は、ことに少壮の士に待たねば・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・ 力士の如き其最も著しき例である、文学・芸術の如きに至っても、不朽の傑作たる者は其作家が老熟の後よりも却って未だ大に名を成さざる時代の作に多いのである、革命運動の如き、最も熱烈なる信念と意気と大胆と精力とを要するの事業は、殊に少壮の士に・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・だんだん老熟の手腕が短篇のうちに行き渡って来たように思われる。妙な比較をするようだけれども近来日本の雑誌に出る創作物の価値は、英国の通俗雑誌に掲載せられる短篇ものよりも、ずっと程度の高いものと自分は信じている。だから日本の文壇は前途多望、大・・・ 夏目漱石 「文壇の趨勢」
・・・独り楽天の文は既に老熟の境に達して居てことさらに人を驚かすような新文字もないけれどそれでありながらまた人を倦まさないように処々に多少諧謔を弄して山を作って居る。実に軽妙の筆、老錬の文というべきである。固より他の紀行と同日に論ずべきものでない・・・ 正岡子規 「徒歩旅行を読む」
・・・天稟とは言いながら老熟の致すところならん。 天然美に空間的のもの多きはことに俳句においてしかり。けだし俳句は短くして時間を容るる能わざるなり。ゆえに人事を詠ぜんとする場合にも、なお人事の特色とすべき時間を写さずして空間を写すは俳句の性質・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
出典:青空文庫