・・・ さて、店を並べた、山茱萸、山葡萄のごときは、この老鋪には余り資本が掛らな過ぎて、恐らくお銭になるまいと考えたらしい。で、精一杯に売るものは。「何だい、こりゃ!」「美しい衣服じゃがい。」 氏子は呆れもしない顔して、これは買い・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・――故郷の大通りの辻に、老舗の書店の軒に、土地の新聞を、日ごとに額面に挿んで掲げた。表三の面上段に、絵入りの続きもののあるのを、ぼんやりと彳んで見ると、さきの運びは分らないが、ちょうど思合った若い男女が、山に茸狩をする場面である。私は一目見・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・……新開ながら老舗と見える。わかめ、あらめ、ひじきなど、磯の香も芬とした。が、それが時雨でも誘いそうに、薄暗い店の天井は、輪にかがって、棒にして、揃えて掛けた、車麩で一杯であった。「見事なものだ。村芝居の天井に、雨車を仕掛けた形で、妙に・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・ お米といって、これはそのおじさん、辻町糸七――の従姉で、一昨年世を去ったお京の娘で、土地に老鋪の塗師屋なにがしの妻女である。 撫でつけの水々しく利いた、おとなしい、静な円髷で、頸脚がすっきりしている。雪国の冬だけれども、天気は好し・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・地震の火事で丸焼けとなったが、再興して依然町内の老舗の暖簾といわれおる。 椿岳の米三郎は早くから絵事に志ざした風流人であって、算盤を弾いて身代を肥やす商売人肌ではなかった。初めから長袖を志望して、ドウいうわけだか神主になる意でいたのが兄・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ 場所がいいのか、老舗であるのか、安いのか、繁昌していた。「珈琲も出したらどうだね。ケーキつき五円。――入口の暖簾は変えたらどうだ、ありゃまるでオムツみたいだからね」 私は出資者のような口を利いて「千日堂」を出た。「チョイチ・・・ 織田作之助 「神経」
・・・ 学生街なら、たいして老舗がついていなくても繁昌するだろうと、あちこち学生街を歩きまわった結果、一高が移転したあとすっかりはやらなくなって、永い間売りに出ていた本郷森川町の飯屋の権利を買って、うどん屋を開業した。 はじめはかなり客も・・・ 織田作之助 「雪の夜」
・・・けれども両側の家家は、すべて黒ずんだ老舗である。甲府では、最も品格の高い街であろう。「デパアトは、いまいそがしいでしょう。景気がいいのだそうですね。」「とても、たいへんです。こないだも、一日仕入が早かったばかりに、三万円ちかく、もう・・・ 太宰治 「新樹の言葉」
・・・そうして、そのうちに本家の老舗の日本人がこのアメリカ語に翻訳された「俳諧」の逆輸入をいかなる形式においてしおおせるであろうかを観望するのは、さらにより多く興味の深いことである。 日本映画人がかつてソビエト露国から俳諧的モンタージュの逆輸・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(※[#ローマ数字7、1-13-27])」
・・・そして、雑誌を廃刊し、また経営不振におちいった出版社は、ほとんど戦後の新興出版社であり、「老舗はのこっている」。 出版不況は、戦後の浮草的出版業を淘汰したと同時に、同人雑誌の活溌化をみちびき出している。「先輩たちが同人雑誌を守って十年十・・・ 宮本百合子 「しかし昔にはかえらない」
出典:青空文庫