・・・オオビュルナン先生はこんな風に考えている。もっともそれは先生だけの考えかも知れない。文人は年を取るにしたがって落想が鈍くなる。これは閲歴の爛熟したものの免れないところである。そこで時々想像力を強大にする策を講ぜなくてはならない。それには苟く・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・しときたのしみはつねに好める焼豆腐うまく烹たてて食せけるときたのしみは小豆の飯の冷たるを茶漬てふ物になしてくふ時 多言するを須いず、これらの歌が曙覧ならざる人の口より出で得べきか否かを考えみよ。陽に清貧を楽んで陰に不平を蓄う・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・そしてその仕事をまじめにしているともう考えることも考えることもみんなじみな、そうだ、じみというよりはやぼな所謂田舎臭いものに変ってしまう。ぼくはひがんで云うのでない。けれどもぼくが父とふたりでいろいろな仕事のことを云いながらはたらいてい・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・『人民の文学』は、ひろく読まれているのに、詳細な書評が少ないのは、この複雑性によるとも考えられる。 宮本顕治の文芸評論をながめわたすと、いくつかの点に心をひかれる。その一つは、著者が若々しい第一作「敗北の文学」及び「過渡期の道標」で示し・・・ 宮本百合子 「巖の花」
・・・このアウシュコルンというのはノルマン地方の人にまがいなき経済家で、何によらず途に落ちているものはことごとく拾って置けば必ず何かの用に立つという考えをもっていた。そこでかれは俯んだ――もっともかねてリュウマチスに悩んでいるから、やっとの思いで・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・シチュアシヨンの上に成り立つ情調なんぞと云う詞を読んでも、何物をもはっきり考えることが出来ない。木村は随分哲学の本も、芸術を論じた本も読んでいるが、こんな詞を読んでは、何物をもはっきり考えることが出来ない。いかにも文芸には、アンデフィニッサ・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・女中は翌日になって考えてみたが、どうもお上さんに顔を合せることが出来なくなった。そこでこの面白い若者の傍を離れないことにした。若者の方でも女が人がよくて、優しくて、美しいので、お役人の所に連れて行って夫婦にして貰った。 ツァウォツキイは・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・この体で考えればどうしてもこの男は軍事に馴れた人に違いない。 今一人は十八九の若武者と見えたけれど、鋼鉄の厚兜が大概顔を匿しているので十分にはわからない。しかし色の浅黒いのと口に力身のあるところでざッと推して見ればこれもきッとした面体の・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・屋根の虫は丁度その濡れた旅人の蓑のような形をしているに相違ないと灸は考えた。 雨垂れの音が早くなった。池の鯉はどうしているか、それがまた灸には心配なことであった。「雨こんこん降るなよ。 屋根の虫が鳴くぞよ。」 暗い外・・・ 横光利一 「赤い着物」
・・・それから、ロビンソン、クルーソーみたように難船に逢って一人ッきり、人跡の絶えた島に泳ぎ着くなんかも随分面白かろうと考えるんです。 これまでは、ズット北の山の中に、徳蔵おじと一処にいたんですが、そのまえは、先の殿様ね、今では東京にお住いの・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
出典:青空文庫