・・・唯、文学論としてよりは小生一個の希望――文学に対する註文を有体に云うと、今日の享楽主義又は耽美主義の底には、沈痛なる人生の叫びを蔵しているのを認めないではないが、何処かに浮気な態度があって昔の硯友社や根岸党と同一気脈を伝うるのを慊らず思って・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・エピクロス派の耽美家が初老を越すと、相手の女の情欲を芸術的に研究しようと云う心理的好奇心より外には、もうなんの要求をも持っていない。これまでのこの男の情事は皆この方面のものに過ぎなかった。それがもう十年このかたの事である。 ピエエル・オ・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・現代の 複雑さ、未来派や耽美派やソシアリストや皆、生命の ワン グリムプスを奉じて居ると思う。生命の本源、生存の真髄は決して、ナレッジで啓かれ、触れられると思わない。大なる直覚、赤児のような透視無二無私に 瞳を放つ処・・・ 宮本百合子 「五月の空」
・・・ けれども、其なら彼はその耽美の塔に立て籠って、夕栄の雲のような夢幻に陶酔していると云うのだろうか、私は単純に、夢の宮殿を捧げて仕舞えない心持がする。夢で美を見るのと、醒めて美を見ると違うのに彼はおきているのだ。起きていて、心が彼方まで・・・ 宮本百合子 「最近悦ばれているものから」
・・・万葉集の中にうたわれている大らかな明るい、生命の躍動している自然的な自然の描写が、藤原氏隆盛時代の耽美的描写にうつり、足利時代に到って、仏教の浸潤につれ、戦乱つづきの世相不安につれ、次第に自然は厭世的遁世の対象と化した。あわれはかなき人の世・・・ 宮本百合子 「自然描写における社会性について」
・・・は物語の様式をつかわれて、同じ耽美的の被虐性を描くにしても往年のこの作者が試みた描写での執拗な追究、創造は廃されている。 谷崎潤一郎がこの作品に触れての感想で、自分も年を取ったせいか描写でゆく方法が億劫になって来たという意味の言葉を洩し・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・ンティックな、芸術至上主義風なリアクションは、ヨーロッパ文化の伝統はそのまじりもののない味いにおいて、日本の文化の伝統はまたヨーロッパとは別個なるものとして、あくまでペンキで塗られざる以前の姿において耽美したいという執着によっている。 ・・・ 宮本百合子 「歴史の落穂」
出典:青空文庫