聖徳太子の解説 - 小学館 大辞泉

[574~622]用明天皇の皇子。名は厩戸 (うまやど) 皇子。豊聡耳 (とよとみみ) 皇子・上宮 (じょうぐう) 太子ともいう。叔母推古天皇の摂政として内政・外交に尽力。冠位十二階憲法十七条を制定して集権的官僚国家の基礎をつくり、遣隋使を派遣して大陸文化の導入に努めた。また、「三経義疏 (さんぎょうぎしょ) 」を著し、法隆寺四天王寺などを建立して仏教の興隆に尽くした。

聖徳太子の解説 - SOCKETS人物データベース

政治家
生年月日
574年2月7日 みずがめ座
没年月日
622年4月8日(享年48歳)
別表記
厩戸 豊聡耳 上宮王 上宮之厩戸豊聡耳命 豊耳聡聖徳 豊聡耳法大王 法主王 厩戸王

出典:青空文庫

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