・・・……ラップさん、あなたはこのかたに我々の聖書をごらんにいれましたか?」「いえ、……実はわたし自身もほとんど読んだことはないのです。」 ラップは頭の皿を掻きながら、正直にこう返事をしました。が、長老は相変わらず静かに微笑して話しつづけ・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・ 又 しかしこれは同時に又如何に我我人間の進歩の遅いかと云うことを示すものである。 聖書 一人の知慧は民族の知慧に若かない。唯もう少し簡潔であれば、…… 或孝行者 彼は彼の母に孝行・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・彼は或聖書会社の屋根裏にたった一人小使いをしながら、祈祷や読書に精進していた。僕等は火鉢に手をかざしながら、壁にかけた十字架の下にいろいろのことを話し合った。なぜ僕の母は発狂したか? なぜ僕の父の事業は失敗したか? なぜ又僕は罰せられたか?・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・するとそこには年の若い軍楽隊の楽手が一人甲板の上に腹ばいになり、敵の目を避けた角燈の光に聖書を読んでいるのであった。K中尉は何か感動し、この楽手に優しい言葉をかけた。楽手はちょいと驚いたらしかった。が、相手の上官の小言を言わないことを発見す・・・ 芥川竜之介 「三つの窓」
私には口はばったい云い分かも知れませんが聖書と云う外はありません。聖書が私を最も感動せしめたのは矢張り私の青年時代であったと思います。人には性の要求と生の疑問とに、圧倒される荷を負わされる青年と云う時期があります。私の心の・・・ 有島武郎 「『聖書』の権威」
十一月十五日栃木県氏家在狭間田に開かれたる聖書研究会に於て述べし講演の草稿。 聖書は来世の希望と恐怖とを背景として読まなければ了解らない、聖書を単に道徳の書と見て其言辞は意味を為さない、聖書は旧約と新約とに分れて神・・・ 内村鑑三 「聖書の読方」
・・・このことにかんして真理を語ったものはやはり旧い『聖書』であります。もし芥種のごとき信仰あらば、この山に移りてここよりかしこに移れと命うとも、かならず移らん、また汝らに能わざることなかるべしとイエスはいいたまいました。また・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・それでも三年後には娘が生れたのだから、全然そんなことはなかったわけではないが、そんな時細君の体は石のように固く、氷のように冷たく、ああ浅ましい、なぜ女はこんな辛抱をしなければならぬのかと、聖書を読むのである。 もともと潔癖性の女だったが・・・ 織田作之助 「世相」
・・・朝一度晩一度、彼は必ず聖書を読みました。そして日曜の朝の礼拝にも、金曜日の夜の祈祷会にも必ず出席して、日曜の夜の説教まで聞きに行くのでした。 他の下宿に移ってまもなくの事でありました、木村が、今夜、説教を聞きに行かないかと言います。それ・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・そして西国立志編は彼の聖書である。 僕のだまって頷くを見て、正作はさらに言葉をつぎ「だから僕は来春は東京へ出ようかと思っている」「東京へ?」と驚いて問い返した。「そうサ東京へ。旅費はもうできたが、彼地へ行って三月ばかりは食え・・・ 国木田独歩 「非凡なる凡人」
出典:青空文庫