・・・良人たる者がこれを聞ける胸中いかん。この言をしてもし平生にあらしめば必ず一条の紛紜を惹き起こすに相違なきも、病者に対して看護の地位に立てる者はなんらのこともこれを不問に帰せざるべからず。しかもわが口よりして、あからさまに秘密ありて人に聞かし・・・ 泉鏡花 「外科室」
・・・ここの別当橋立寺と予て聞けるはこれにやと思いつつ音ない驚かせば、三十路あまりの女の髪は銀杏返しというに結び、指には洋銀の戒指して、手頸には風邪ひかぬ厭勝というなる黒き草綿糸の環かけたるが立出でたり。さすがに打収めたるところありて全くのただ人・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・ 人が死ぬほど恥かしがっているその現場に平気で乗り込んで来て、恥かしくありませんかと聞ける奴あ悪魔だ。 あなたは、はずかしがっていません。 どうしてわかる? どうして、それがわかるんだ。 イエス答をなし給わず、か。お前のその・・・ 太宰治 「春の枯葉」
・・・ 十二、三歳の少女の話を、まじめに聞ける人、ひとりまえの男というべし。 その余は、おのれの欲するがまにまに行え。二十八日。「現代の英雄について。」 ヴェルレエヌ的なるものと、ランボオ的なるもの。 スウ・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・どうかしてあんなものが聞けるようにも一度なりたいと思うけれどもそれも駄目だと云うて暫く黙した。自分は何と云うてよいか判らなかった。黯然として吾も黙した。また汽車が来た。色々議論もあるようであるが日本の音楽も今のままでは到底見込がないそうだ。・・・ 寺田寅彦 「根岸庵を訪う記」
・・・醒めたるあとにもなお耳を襲う声はありて、今聞ける君が笑も、宵の名残かと骨を撼がす」と落ち付かぬ眼を長き睫の裏に隠してランスロットの気色を窺う。七十五度の闘技に、馬の脊を滑るは無論、鐙さえはずせる事なき勇士も、この夢を奇しとのみは思わず。快か・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・「南の事じゃ、トルバダウの歌の聞ける国じゃ」「主がいにたいと云うのか」「わしは行かぬ、知れた事よ。もう六つ、日の出を見れば、夜鴉の栖を根から海へ蹴落す役目があるわ。日の永い国へ渡ったら主の顔色が善くなろうと思うての親切からじゃ。・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・ 農村でもラジオは非常に発達して、モスクワから何百露里も離れた田舎でメーデーの音楽やスターリンの演説を聞ける。 今度五ヵ年計画で集団農場がどんどん出来て行く。郵電省は自身の五ヵ年計画で数千の「ラジオ中心」を集団農場へ新設しつつある。・・・ 宮本百合子 「ソヴェト同盟の芝居・キネマ・ラジオ」
・・・ そして、あのとき、もし自分が大人だったら、そうっと彼が泣く訳を聞けるだろうのにと思った心持は、そのときよりはっきりとした解答、彼の泣いた訳も、結果も分っているという心持を伴って、一層の同情を喚び起したのである。「彼も人間である。私・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
出典:青空文庫