・・・ 椿岳の米三郎は早くから絵事に志ざした風流人であって、算盤を弾いて身代を肥やす商売人肌ではなかった。初めから長袖を志望して、ドウいうわけだか神主になる意でいたのが兄貴の世話で淡島屋の婿養子となったのだ。であるから、金が自由になると忽ちお・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ 病院で手術した患者の血や、解剖学教室で屍体解剖をした学生の手洗水が、下水を通して不忍池に流れ込み、そこの蓮根を肥やすのだと云うゴシップは、あれは嘘らしい。 廊下の東詰の流しの上の明かり窓から病院の動物小屋が見える。白兎やモルモット・・・ 寺田寅彦 「病院風景」
・・・日本には昔からずいぶんいろいろな危険思想が海外から幾度となく輸入されたが、それが抑圧に抗しながらやっと土着するころにはいつのまにかすっかり消化され日本化されてしまって結局はみんな大日本を肥やす肥料になっていた。 しかし科学的物質的の侵略・・・ 寺田寅彦 「北氷洋の氷の割れる音」
・・・ 草鞋の緒きれてよりこむ薄かな 末枯や覚束なくも女郎花 熱海に着きたる頃はいたく疲れて飢に逼りけれども層楼高閣の俗境はわが腹を肥やすべきの処にあらざればここをも走り過ぎて江の浦へと志し行く。道皆海に沿うたる断崖の上にあり・・・ 正岡子規 「旅の旅の旅」
出典:青空文庫