・・・新聞社にいたころから時々自転車の上で弱い咳をしていたが、あれからもう半年、右肺尖カタル、左肺浸潤と医者が即座にきめてしまったほど、体をこわしていたのだった。ガレーヂの二階で低い天井を睨んで寝ていたが、肺と知って雇主も困り、「家があるんや・・・ 織田作之助 「雨」
・・・結果した肺尖カタルや神経衰弱がいけないのではない。また背を焼くような借金などがいけないのではない。いけないのはその不吉な塊だ。以前私を喜ばせたどんな美しい音楽も、どんな美しい詩の一節も辛抱がならなくなった。蓄音器を聴かせてもらいにわざわざ出・・・ 梶井基次郎 「檸檬」
・・・ 彼は、シベリヤへ来るまで胸が悪くはなかった。肺尖の呼吸音は澄んで、一つの雑音も聞えたことはなかった。それが、雪の中で冬を過し、夏、道路に棄てられた馬糞が乾燥してほこりになり、空中にとびまわる、それを呼吸しているうちに、いつのまにか、肉・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・柳井の組合病院でもレントゲン写真を撮ったところ、これまで病気したあともなくて大変きれいだと言われたそうで大喜びして居ります。肺尖という診たてはあやまりだそうです。本当にされないように喜んでいるし、私達も如何にも気が軽くなって嬉しゅう御座いま・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・左の肺尖の音が少し悪いから、鎌倉の養生院に居る知人に話し、見させようという。 自分も見て貰う。異常なし。 夜床につこうとして体を動し、その拍子に又出す。精神感動で手足ひやひや体をふるわす。湯たんぽ 八日 零下。 生活につ・・・ 宮本百合子 「「伸子」創作メモ(二)」
・・・「お着にならないの?」「もう一遍行くんだ――そうでしょう?」「肺尖のところが、どうもよく見えなかったんです、丁度鎖骨の下だもんだから。ついでに、見直しておいた方がいいでしょう。血管がそこでいくらか太くなっているから、先の方に全然・・・ 宮本百合子 「風知草」
出典:青空文庫