・・・ 一週間ばかり外米混入の飯を食いつづけた後、一日だけまぜものなしの内地米に戻ると、はじめて本当に身につくものを食った感じで、その身につくものが快よく胃の腑から直ちに血管にめぐって行くようで、子供らは、なんばいもなんばいも茶碗を出すのであ・・・ 黒島伝治 「外米と農民」
・・・雄はただもじもじと箸も取らずお銚子の代り目と出て行く後影を見澄まし洗濯はこの間と怪しげなる薄鼠色の栗のきんとんを一ツ頬張ったるが関の山、梯子段を登り来る足音の早いに驚いてあわてて嚥み下し物平を得ざれば胃の腑の必ず鳴るをこらえるもおかしく同伴・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・ 天気が悪かったり、食堂がきたなかったり、騒がしかったり、また食事がまずいような場合には、同じライターの同じ炎の中に同じような星が輝いても決してこうした幻覚が起こらないから不思議である。 胃の腑の適当な充血と消化液の分泌、それから眼・・・ 寺田寅彦 「詩と官能」
・・・ 彼女は、人を生かすために、人を殺さねば出来ない六神丸のように、又一人も残らずのプロレタリアがそうであるように、自分の胃の腑を膨らすために、腕や生殖器や神経までも噛み取ったのだ。生きるために自滅してしまったんだ。外に方法がないんだ。・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・そして選択してる内には自分で自分の胃の腑を洗濯してしまうことになるんだ。お前の云う通りだ。 私が予め読者諸氏に、ことわって置く必要があると云うのは、これから、第三金時丸の、乗組員たちが、たといどんな風になって行くにしても、「第一、そんな・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・ クねずみはだんだん四方の足から食われて行って、とうとうおしまいに四ひきの子猫は、クねずみの胃の腑のところで頭をコツンとぶっつけました。 そこへ猫大将が帰って来て、「何か習ったか。」とききました。「ねずみをとることです。」と・・・ 宮沢賢治 「クねずみ」
・・・そうして、腹掛けの饅頭を、今や尽く胃の腑の中へ落し込んでしまった馭者は、一層猫背を張らせて居眠り出した。その居眠りは、馬車の上から、かの眼の大きな蠅が押し黙った数段の梨畑を眺め、真夏の太陽の光りを受けて真赤に栄えた赤土の断崖を仰ぎ、突然に現・・・ 横光利一 「蠅」
出典:青空文庫