・・・ ところが、その後間もなく自分は胃潰瘍にかかって職を休んで引籠ってしまったので、教室の自分の部屋は全くそのままに塵埃のつもるに任せて永い間放置されていた。そこへ大正十二年の大震災が襲って来て教室の建物は大破し、崩壊は免れたが今後の地震に・・・ 寺田寅彦 「埋もれた漱石伝記資料」
友人鵜照君、明けて五十二歳、職業は科学的小説家、持病は胃潰瘍である。 彼は子供の時分から「新年」というものに対する恐怖に似たあるものを懐いていた。新年になると着なれぬ硬直な羽織はかまを着せられて親類縁者を歴訪させられ、・・・ 寺田寅彦 「年賀状」
・・・ いつか自分の手指の爪の発育が目立って悪くなり不整になって、たとえば左の無名指の爪が矢筈形に延びたりするので、どうもおかしいと思っていたら、そのころから胃潰瘍にかかって絶えず軽微な内出血があるのを少しも知らずにいたのであった。 有機・・・ 寺田寅彦 「破片」
・・・脈を取ったり血を検査したりしたが、別に何も云わないから、自分で胃潰瘍だという事を話して吐血前の容体を云おうとしたが声を出す力がなくて、その上に口が粘ってハッキリ云う事が出来なかった。木下君も来た、金子さんや真鍋さんも来てくれた。杉浦さんが学・・・ 寺田寅彦 「病中記」
・・・一人は胃癌であった、残る一人は胃潰瘍であった。みんな長くは持たない人ばかりだそうですと看護婦は彼らの運命を一纏めに予言した。 自分は縁側に置いたベゴニアの小さな花を見暮らした。実は菊を買うはずのところを、植木屋が十六貫だと云うので、五貫・・・ 夏目漱石 「変な音」
出典:青空文庫