・・・「大きななりをして、胆力のないやつばかりだ。」そこらにいる者をさげすむように、腹の中で呟いた。彼の腰は据ってきた。 扉の中は暗かった。そこには、獣油や、南京袋の臭いのような毛唐の体臭が残っていた。栗本は、強く、扉を突きのけて這入って行っ・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・それと言って、黙って立ちんぼして、労働者たちをさきに行かせて、うんと距離のできるまで待っているのは、もっともっと胆力の要ることだ。それは失礼なことなのだから、労働者たちは怒るかも知れない。からだは、カッカして来るし、泣きそうになってしまった・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・の営業もまた容易なるべく、幸にして資本ある者は、新たに一事業を起して独立活動を試みんべく、あるいは地方の故郷に帰りて、ただちに父兄を助け、または家を相続して、たしかに遺産を保護し、また増殖するの知見と胆力とを得せしめんと欲する者なり。本来無・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾学生諸氏に告ぐ」
・・・ 東北の伊達一族は、その胆力と智略とで、徳川から特別の関心をもたれた。聰明な伊達の家長たちは、その危険を十分に洞察した。伊達政宗がわざと大酔して空寝入りをし、自分の大刀に錆の出ていることを盗見させた逸話は有名である。伊達模様という一つの・・・ 宮本百合子 「木の芽だち」
出典:青空文庫