・・・彼女は怯ず怯ず椅子を離れ、目八分に杯をさし上げたまま、いつか背骨さえ震え出したのを感じた。 彼等はある電車の終点から細い横町を曲って行った。夫はかなり酔っているらしかった。たね子は夫の足もとに気をつけながらはしゃぎ気味に何かと口を利いた・・・ 芥川竜之介 「たね子の憂鬱」
・・・女房の遺書の、強烈な言葉を、ひとつひとつ書き写している間に、異様な恐怖に襲われた。背骨を雷に撃たれたような気が致しました。実人生の、暴力的な真剣さを、興覚めする程に明確に見せつけられたのであります。たかが女、と多少は軽蔑を以て接して来た、あ・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・そう気がついたとき、私は、ふたたび起きあがることが出来ぬほどに背骨を打ちくだかれていたようだ。私は、このごろ、肉親との和解を夢に見る。かれこれ八年ちかく、私は故郷へ帰らない。かえることをゆるされないのである。政治運動を行ったからであり、情死・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・縁の下で鳴いているのですけれど、それが、ちょうど私の背筋の真下あたりで鳴いているので、なんだか私の背骨の中で小さいきりぎりすが鳴いているような気がするのでした。この小さい、幽かな声を一生忘れずに、背骨にしまって生きて行こうと思いました。この・・・ 太宰治 「きりぎりす」
・・・三井君の小説は、ところどころ澄んで美しかったけれども、全体がよろよろして、どうもいけなかった。背骨を忘れている小説だった。それでも段々よくなって来ていたが、いつも私に悪口を言われ、死ぬまで一度もほめられなかった。肺がわるかったようである。け・・・ 太宰治 「散華」
・・・もちろん、その上に、尾の上の背骨に針を打ち込んだりするそうであるが、このようにものをかぶせる事が「針よりも大切なまじない」だと考えられている。またこれと共通な点のあるのは、平生のギバよけのまじないとして、馬に腹当てをさせるとよい、ただしそれ・・・ 寺田寅彦 「怪異考」
・・・のほかに五つ六つ肩のうしろの背骨の両側にやけどの跡をつけられてしまった。なんでもいろいろのごほうびの交換条件で納得させられたものらしい。 大学の二年の終わりに病気をして一年休学していた間に「片はしご」というのをおろしてくれたのが近所の国・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・また他の分派は中心にかたい背骨ができて、そのいちばん発展したのが人間だという事である。私にはこの説がどれだけほんとうだかわからない。しかしいずれにしても昆虫の世界に行なわれると同じような闘争の魂があらゆる有脊椎動物を伝わって来て、最後の人間・・・ 寺田寅彦 「簔虫と蜘蛛」
・・・乃至は背骨でもない。もしくは帝王の腹の中でもない。彼が指さして、あすこだけを注意して御覧、king がよく見えると教えてくれた所は、燦爛たる冠を戴く彼の頭であります。この注意をうけた吾々は今まで全局に眼をちらつかせて要領を得んのに苦しんでい・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・まず背骨なら二十米はあるだろう。巨きなもんだぞ。」大学士はまるで雀躍してその足あとをつけて行く。足跡はずいぶん続きどこまで行くかわからない。それに太陽の光線は赭くたいへん足が疲れたのだ。どうもおかしいと思いながら・・・ 宮沢賢治 「楢ノ木大学士の野宿」
出典:青空文庫