・・・そこへまた、これくらいな嚇しに乗せられて、尻込みするような自分ではないと云う、子供じみた負けぬ気も、幾分かは働いたのであろう。本間さんは短くなったM・C・Cを、灰皿の中へ抛りこみながら、頸をまっすぐにのばして、はっきりとこう云った。「で・・・ 芥川竜之介 「西郷隆盛」
・・・――犬殺しの目にはありありとそう云う嚇しが浮んでいます。白は余りの恐ろしさに、思わず吠えるのを忘れました。いや、忘れたばかりではありません。一刻もじっとしてはいられぬほど、臆病風が立ち出したのです。白は犬殺しに目を配りながら、じりじり後すざ・・・ 芥川竜之介 「白」
・・・夜になると間もなく、板倉佐渡守から急な使があって、早速来るようにと云う沙汰が、凶兆のように彼を脅したからである。夜陰に及んで、突然召しを受ける。――そう云う事は、林右衛門の代から、まだ一度も聞いた事がない。しかも今日は、初めて修理が登城をし・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・と、いかめしく嚇しつけるのです。 杜子春は勿論黙っていました。 と、どこから登って来たか、爛々と眼を光らせた虎が一匹、忽然と岩の上に躍り上って、杜子春の姿を睨みながら、一声高く哮りました。のみならずそれと同時に、頭の上の松の枝が、烈・・・ 芥川竜之介 「杜子春」
・・・と、今更らしい嚇しを云うのです。新蔵は勿論嘲笑って、「子供じゃあるまいし。誰が婆さんくらいに恐れるものか。」と、うっちゃるように答えましたが、泰さんは反ってその返事に人の悪るそうな眼つきを返しながら、「何さ。婆さんを見たんじゃ驚くまいが、こ・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・始めの間帳場はなだめつすかしつして幾らかでも納めさせようとしたが、如何しても応じないので、財産を差押えると威脅した。仁右衛門は平気だった。押えようといって何を押えようぞ、小屋の代金もまだ事務所に納めてはなかった。彼れはそれを知りぬいていた。・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ と女中は思入たっぷりの取次を、ちっとも先方気が着かずで、つい通りの返事をされたもどかしさに、声で威して甲走る。 吃驚して、ひょいと顔を上げると、横合から硝子窓へ照々と当る日が、片頬へかっと射したので、ぱちぱちと瞬いた。「そんな・・・ 泉鏡花 「縁結び」
・・・刑事と威した半纏着は、その実町内の若いもの、下塗の欣八と云う。これはまた学問をしなそうな兄哥が、二七講の景気づけに、縁日の夜は縁起を祝って、御堂一室処で、三宝を据えて、頼母子を営む、……世話方で居残ると……お燈明の消々時、フト魔が魅したよう・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・ 二 威しては不可い。何、黒山の中の赤帽で、そこに腕組をしつつ、うしろ向きに凭掛っていたが、宗吉が顔を出したのを、茶色のちょんぼり髯を生した小白い横顔で、じろりと撓めると、「上りは停電……下りは故障です。」・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・が、八ツや十ウのものを、わざと親たちは威しもしまい。……近所に古狢の居る事を、友だちは矜りはしなかったに違いない。 ――町の湯の名もそれから起った。――そうか、椎の木の大狢、経立ち狢、化婆々。「あれえ。」「…………」「可厭、・・・ 泉鏡花 「古狢」
出典:青空文庫