・・・ あるときは、雨がつづいて、出水のために、あるときは、すさまじいあらしのために、また真に怖ろしい雪のために、その脅威は一つではなかったのです。 同じ生命を有している人間のすることにくらべて、はかり知れない、暴力の所有者である自然のほ・・・ 小川未明 「しんぱくの話」
・・・ ことに、このたびの震災は、さらに文筆業者の生活に分裂を来たし脅威することゝなった。出版圏内の限られたことと、この際、衆俗の意嚮と趣味を無視することのできない資本主義から、ます/\作品の商品化をよぎなくするものがあるのを考えるからである・・・ 小川未明 「正に芸術の試煉期」
・・・――若し、この善良な民衆の生活を、脅威するものがあったならば、また破壊するものがあったならばという偉大な握り固められた拳がある。斯くして人道主義の最も敬虔にして勇敢な戦士の赤誠を心ある人々の胸から胸へ伝えている。 こうした涙ぐましい、謙・・・ 小川未明 「民衆芸術の精神」
・・・っていない壁板に西日が射して、それが自分の部屋の東向きの窓障子の磨りガラスに明るく映って、やはり日増に和らいでくる気候を思わせるのだが、電線を鳴らし、窓障子をガタピシさせている風の音には、まだまだ冬の脅威が残っていた。「早く暖かくなって・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・ 学位売買事件や学位濫授問題が新聞雑誌の商売の種にされて持て囃されることの結果が色々あるうちで、一番日本のために憂慮すべき弊害と思われることは、この声の脅威によって「学位授与恐怖病」の発生を見るに到りはしないかという心配の種が芽を出すこ・・・ 寺田寅彦 「学位について」
・・・ ナイヤガラやシカゴでは別段にこれというチューインガムのエピソードはなかったように記憶するが、これはおそらく、自分の神経がこの脅威に対していくらか麻痺しかけたためであったかもしれない。 これは今から二十年前の昔話である。現在のアメリ・・・ 寺田寅彦 「チューインガム」
・・・それはとにかく、グロテスク美術が自然や文明の脅威から生れるものとすれば、あらゆる意味で不安な現代日本で産み出される絵画がこういう傾向をとる事は怪しむに足らないかもしれない。今の人間が鉄と電気の文明から受ける脅威は、未開時代の蛮民が自然から受・・・ 寺田寅彦 「帝展を見ざるの記」
・・・それを逃れたとしても必然に襲うて来る春寒の脅威は避け難いだろう。そうすると罎を出るのも考えものかもしれない。 過去の旅嚢から取り出される品物にはほとんど限りがない。これだけの品数を一度に容れ得る「鍋」を自分は持っているだろうか。鍋はある・・・ 寺田寅彦 「厄年と etc.」
・・・こうなるとさすがに雑草の脅威といったようなものを感じて、とうとう草刈りをはじめる決心をした。 草刈り鎌にいろいろの種類のある事を知ったのはその時である。鎌の使い方、鎌のとぎ方も百姓に伝授を受けていよいよ取りかかった。 刈り始めてみる・・・ 寺田寅彦 「路傍の草」
・・・余り賢くあること、余り英邁であること、それさえも脅威をもたらした。殿様は馬鹿でなければならなかった。そういう日本の封建の気風の中では、一つの藩が、とびぬけて卓抜な学者、芸術家をもっているということさえも不安であった。 東北の伊達一族は、・・・ 宮本百合子 「木の芽だち」
出典:青空文庫