・・・お金を貸せ、なんて脅迫するかも知れないし、とにかく癖の悪いおかただから、どんなこわい事をなさるかわからない。私は永遠に覆面の女性でいたかった。けれども、菊子さん、だめだった。とっても、ひどい事になりました。それから、ひとつき経たぬうちに、私・・・ 太宰治 「恥」
・・・右の耳には此脅迫の声が聞えるのである。僕は思い掛けない話なので、暫くあっけに取られていた。そして今度逢ったらを繰り返すのを聞いて、何の思索の暇もなくこう云った。「何故今遣らないのだ。」「うむ。遣る。」 と叫んで立ち上がる。 ・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・ ことに依ると、たかられるかも知れない。「いつか、クレヨン社に原稿を持ち込んで、あなたに荷風の猿真似だと言われて引下った男ですよ。お忘れですか?」 脅迫するんじゃねえだろうな。僕は、猿真似とは言わなかった筈だが。エピゴーネン、い・・・ 太宰治 「渡り鳥」
・・・ジァンペートロというバリートンが当時異常な人気を呼んでいて、なんでもある貴族の未亡人から、自分の願いを容れてくれなければ自殺するという脅迫を受けて困っているというような噂が新聞で持て囃されたが、しかしそれは単に宣伝のための空ごとだというゴシ・・・ 寺田寅彦 「マーカス・ショーとレビュー式教育」
・・・丁度、西南戦争の後程もなく、世の中は、謀反人だの、刺客だの、強盗だのと、殺伐残忍の話ばかり、少しく門構の大きい地位ある人の屋敷や、土蔵の厳めしい商家の縁の下からは、夜陰に主人の寝息を伺って、いつ脅迫暗殺の白刄が畳を貫いて閃き出るか計られぬと・・・ 永井荷風 「狐」
・・・ところがそれをだしにして、わたくしのある部下のものがわたくしを脅迫しました。あの晩はじつに六ヵしい場合でした。あすこに来ていたのはみんな株主でした。わざとあすこをえらんだのです。ところが株主の反感は非常だったのです。わたくしももうやけくそに・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・ヒューマニティーの奪還、生命に蒙った脅迫への復讐として、あらゆる破滅の瞬間にも自身のものとして確認された肉体によって、現実にうちあたって行こうとする主張に立った。しかし、日本の不幸が男女のどんなからみ合いの過程から、うち破られてゆくだろう。・・・ 宮本百合子 「傷だらけの足」
・・・坊主とクロオデルとが彼を妥協へ脅迫する原因となっている自身の性的経験を自ら公然と語ることによって、彼等を沈黙させた。「コリドン」と「一粒の麦若し死なずば」とは、このような歴史を負うている。彼自身が後年自分の前に空間と自己自らの熱意の投影しか・・・ 宮本百合子 「ジイドとそのソヴェト旅行記」
・・・たまに誰か来ると、特高は威脅的にその人にいろいろ訊いたし、私のように関係の知れ切っている者に対してさえ、今日こそ無事には帰さないぞという風の無言の脅迫をくりかえした。 私は、その事件については、全然何も知らず、すべてを新しい駭きと、人間・・・ 宮本百合子 「信義について」
・・・かりにこれが事実とすれば、われわれは相当証拠があるのでありますが、これが事実なりとすればこの公判は起訴後の公判においてすらわれわれは検事の偽証罪、現行逮捕という脅迫のもとにこの公判をつづけねばならない。われわれはかかる検事の脅迫のもとには絶・・・ 宮本百合子 「それに偽りがないならば」
出典:青空文庫