・・・そして、如何にも子供らしい脆弱な京一は仕事の上で留吉と比較にならなかった。 京一は、第一、醸造場のいろいろな器具の名前を皆目知らなかった。槽を使う(諸味を醤油袋に入れて搾り槽時に諸味を汲む桃桶を持って来いと云われて見当違いな溜桶をさげて・・・ 黒島伝治 「まかないの棒」
・・・元が安物で脆弱いからであろうけれど、初やなぞに言わせると、何か厭なことがある前徴である。しかたがないから、片足袋ぬいで、半分跣足になる。 家へ帰ると、戸口から藤さんを呼びかけて、しばらく玄関にうろついていたが、何の返事もない。もう一度高・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・人間が燈火を発明したためにこれに化かされて蛾の生命が脅かされるようになった。人間が脆弱な垣根などを作ったためにからすうりの安定も保証されなくなってしまった。図に乗った人間は網や鉄砲やあらゆる機械をくふうしては鳥獣魚虫の種を絶やそうとしている・・・ 寺田寅彦 「からすうりの花と蛾」
・・・人間が燈火を発明したためにこれに化かされて蛾の生命が脅かされるようになった。人間が脆弱な垣根などを作ったために烏瓜の安定も保証されなくなってしまった。図に乗った人間は網や鉄砲やあらゆる機械を工夫しては鳥獣魚虫の種を絶やそうとしている。因果は・・・ 寺田寅彦 「烏瓜の花と蛾」
・・・ これに限らず一体に吾々は平生あまりに現在の脆弱な文明的設備に信頼し過ぎているような気がする。たまに地震のために水道が止まったり、暴風のために電流や瓦斯の供給が絶たれて狼狽する事はあっても、しばらくすれば忘れてしまう。そうしてもっと甚だ・・・ 寺田寅彦 「石油ランプ」
・・・それからこの颱風の中心は土佐の東端沿岸の山づたいに徳島の方へ越えた後に大阪湾をその楕円の長軸に沿うて縦断して大阪附近に上陸し、そこに用意されていた数々の脆弱な人工物を薙倒した上で更に京都の附近を見舞って暴れ廻りながら琵琶湖上に出た。その頃か・・・ 寺田寅彦 「颱風雑俎」
・・・ H町に暮して居た種々な、ややアリストクラットな趣味や脆弱さが抜けて居ないので、自分は、静に生活を冥想する場合には、予想し得ないような、階級の差別感に打たれたのであった。 いきなり格子を開けると玄関になるのを妙に思い、当惑したような・・・ 宮本百合子 「小さき家の生活」
・・・生れ出た人間は、太陽を浴び、雨に濡れ、朝に働き夜に眠りして、徐々に育って来た。脆弱であった四肢には次第に充実した筋力が満ち男性は山野を馳け廻って狩もすれば、通路の安全を妨げる大岩も楽々揺がせるようになる。 女性は、いつかふくよかな胸と輝・・・ 宮本百合子 「われを省みる」
・・・ 私は二三日前に一人の女の不誠実と虚偽と浅薄と脆弱と浮誇とが露骨に現わされているのを見た。しかし私は、興奮して鼻の先を赤くしている彼女の前に立った時、憐愍と歯がゆさのみを感じていた。性格の弱さと浮誇の心とが彼女を無恥にし無道徳にしている・・・ 和辻哲郎 「転向」
出典:青空文庫