・・・私の脛へひやりととまったり、両脚を挙げて腋の下を掻くような模ねをしたり手を摩りあわせたり、かと思うと弱よわしく飛び立っては絡み合ったりするのである。そうした彼らを見ていると彼らがどんなに日光を恰しんでいるかが憐れなほど理解される。とにかく彼・・・ 梶井基次郎 「冬の蠅」
・・・冷たい汗が気味悪く腋の下を伝った。彼は袴も脱がぬ外出姿のまま凝然と部屋に坐っていた。 突然匕首のような悲しみが彼に触れた。次から次へ愛するものを失っていった母の、ときどきするとぼけたような表情を思い浮かべると、彼は静かに泣きはじめた。・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・ 音が近づくにつけて大きくなる、下草や小藪を踏み分ける音がもうすぐ後ろで聞こえる、僕の身体は冷水を浴びたようになって、すくんで来る、それで腋の下からは汗がだらだら流れる、何のことはない一種の拷問サ。 僕はただ夢中になって画いていたが・・・ 国木田独歩 「郊外」
・・・悪くすると、腋の下や、のどに喰いつかれるのだ。 薄ら曇りの日がつづいた。昼は短く、夜は長かった。太陽は、一度もにこにこした顔を見せなかった。松木は、これで二度目の冬を西伯利亜で過しているのであった。彼は疲れて憂欝になっていた。太陽が、地・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・そして、脇の下や、のど笛をねらってとびかゝった。浜田はそれまで、たび/\戦場に遺棄された支那兵が、蒙古犬に喰われているのを目撃してきていた。それは、原始時代を思わせる悲惨なものだった。 彼は、能う限り素早く射撃をつゞけて、小屋の方へ退却・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・ 電燈がついてから、看護長が脇の下に帳簿をはさんで、にこ/\しながら這入って来た。その笑い方は、ぴりッとこっちの直観に触れるものがあった。看護長は、帳簿を拡げ、一人一人名前を区切って呼びだした。空虚な返事がつづいた。「ハイ。」「・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・に押しつぶされ、白い波がしらも無しに、ゆらりゆらり、重いからだをゆすぶっていて、窓のした、草はらのうえに捨てられてある少し破れた白足袋は、雨に打たれ、女の青い縞のはんてんを羽織って立っている私は、錐で腋の下を刺され擽ぐられ刺されるほどに、た・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・と見せなよ。」あの人の当惑したみたいな、こもった声が、遠くからのように聞えて、「いや。」と私は身を引き、「こんなところに、グリグリができてえ。」と腋の下に両手を当てそのまま、私は手放しで、ぐしゃと泣いて、たまらずああんと声が出て、みっと・・・ 太宰治 「皮膚と心」
・・・四丁目で電車を下りると皿の包を脇の下へ抱えてみたが工合が悪い。外套の隠しへねじ込むと蜜柑がつかえるから、また片手でしっかりさげて歩き出した。木枯しが森川町の方から大学の前を渦巻いて来る度に、店ごとの瓦斯燈が寒そうに溜息をする。竹村君はこの空・・・ 寺田寅彦 「まじょりか皿」
・・・大きなボール紙のメガフォーンを脇の下にぶら下げているものもある。 豚や鶏は時々隊をはなれて道傍の芝生へそれようとするのを、小さな針金のような鞭でコツコツとつっついては列に追い返している男がいる。 避雷針のようなものの付いた兜形の帽子・・・ 寺田寅彦 「夢」
出典:青空文庫