・・・そうして、越中守がよろめきながら、とうとう、四の間の縁に仆れてしまうと、脇差をそこへ捨てたなり、慌ててどこか見えなくなってしまった。 ところが、伴をしていた黒木閑斎が、不意の大変に狼狽して、大広間の方へ逃げて行ったなり、これもどこかへ隠・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・か、何者か、と眼稜強く主人が観た男は、額広く鼻高く、上り目の、朶少き耳、鎗おとがいに硬そうな鬚疎らに生い、甚だ多き髪を茶筅とも無く粗末に異様に短く束ねて、町人風の身づくりはしたれど更に似合わしからず、脇差一本指したる体、何とも合点が行かず、・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・当代に追腹を願っても許されぬので、六月十九日に小脇差を腹に突き立ててから願書を出して、とうとう許された。加藤安太夫が介錯した。本庄は丹後国の者で、流浪していたのを三斎公の部屋附き本庄久右衛門が召使っていた。仲津で狼藉者を取り押さえて、五人扶・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・横田聞きも果てず、いかにも某は茶事の心得なし、一徹なる武辺者なり、諸芸に堪能なるお手前の表芸が見たしと申すや否や、つと立ち上がり、脇差を抜きて投げつけ候。某は身をかわして避け、刀は違棚の下なる刀掛に掛けありし故、飛びしざりて刀を取り抜き合せ・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書」
・・・ 夜具葛籠の前に置いてあった脇差を、手探りに取ろうとする所へ、もう二の太刀を打ち卸して来る。無意識に右の手を挙げて受ける。手首がばったり切り落された。起ち上がって、左の手でむなぐらに掴み着いた。 相手は存外卑怯な奴であった。むなぐら・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・ 伊織が続いて出ると、脇差を抜いた下島の仲間が立ち塞がった。「退け」と叫んだ伊織の横に払った刀に仲間は腕を切られて後へ引いた。 その隙に下島との間に距離が生じたので、伊織が一飛に追い縋ろうとした時、跡から附いて来た柳原小兵衛が、「逃・・・ 森鴎外 「じいさんばあさん」
出典:青空文庫