・・・しかしあのろうそくの炎の不定なゆらぎはあらゆるものの陰影に生きた脈動を与えるので、このグロテスクな影人形の舞踊にはいっそう幻想的な雰囲気が付きまとっていて、幼いわれわれのファンタジーを一種不思議な世界へ誘うのであった。 ジャヴァの影人形・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・堪え難い苦痛があの大きな肉体の中一体に脈動しているように思われるが、物を云う事の出来ない馬は黙ってただ口を動かし唇をふるわしていた。唇からはいたましく血泡がはみ出していた。 小川町で用を足して帰りにまたそこを通った。木材を満載したその荷・・・ 寺田寅彦 「断片(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・すべての有限な統計的材料に免れ難い偶然的の偏倚のために曲線は例のように不規則な脈動的な波を描いている。しかし不幸にして特に四十二歳の前後に跨がった著しい突起を見出すことは出来なかった。これだけから見ると少なくもその曲線の示す範囲内では、四十・・・ 寺田寅彦 「厄年と etc.」
・・・ こういう文章のたちと、こういうテーマの扱い方の小説は、今日めいめいの青春を生きている読者たちにとって、『白樺』の頃武者小路氏の文学が周囲につたえた新しい脈動とはおのずから性質の違った親愛、わかりよさに通じるようなものとして受けいれられ・・・ 宮本百合子 「「愛と死」」
・・・ 私たち女のその願いの熱い脈搏が、ここに集められたもののなかに響いていて、その自然な響きが又ほかのいくつかの胸の裡に活々とした生活への脈動をめざまさしてゆくことが出来るとしたら、ほんとうに歓ばしいと思う。 昭和十五年九月〔一・・・ 宮本百合子 「あとがき(『明日への精神』)」
・・・「生活の脈動」「町工場」「シベッチャの山峡」「下水工事場」「三河島町風景」「無題」などの中に、いくつか印象のつよい作がありました。山田清三郎が獄中からよこす歌には何とも云えぬ素直さ、鍛えられた土台の上に安々としている或るユーモアの境地があり・・・ 宮本百合子 「歌集『集団行進』に寄せて」
・・・人間生活のある場面では、低い形での幸福の外見が破壊されても、その過程の人間生活としての意味がはっきりそのひとの精神に統率されているときには、そこに一つの美としての幸福感が脈動していることもあり得ることを示しているのである。 幸福感という・・・ 宮本百合子 「幸福の感覚」
・・・その意味で作家馬琴の所謂教養はつまらなくもあるけれども、今日の私たちに興味を抱かせる点は、官学派のようなこの作家も時代の活きた脈動には自ずとつきうごかされるところがあって、当時の諸国往来の風俗・俚謡・伝説などにつよい関心を示しているところは・・・ 宮本百合子 「作家と教養の諸相」
・・・と欲する感情において、ある光明的な脈動を感じさせるのである。誰しも、この響に向って期待する何物かが、わが胸のうちにあることを感じるのである。だが、実際の問題、行為の問題として見たとき、このヒューマニズムの核心的翹望である知性と感性、意識と行・・・ 宮本百合子 「十月の文芸時評」
・・・ 興味あることには、この時代の旺な脈動が、例えば上司小剣、島崎藤村、或は山本有三、広津和郎等に案外の反映を見出していることである。 明治文学の記念塔である藤村の「夜明け前」が執筆され始めたのは昭和四年、新しい文学の波の最高潮に達した・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
出典:青空文庫