・・・前の十場面は脚本で読ませておいて大切り一場面だけ見せてもいいかもしれない、とも考えられるが、それでは登場人物が劇中人物に成り切るだけの時間が足りないであろう。役者が劇中人物に成り切るまでにはやはり相当な時間がかかるからである。 最後の法・・・ 寺田寅彦 「初冬の日記から」
・・・ 三 同じ年の五月に、わたしがその年から数えて七年ほど前に書いた『三柏葉樹頭夜嵐』という拙劣なる脚本が、偶然帝国劇場女優劇の二の替に演ぜられた。わたしが帝国劇場の楽屋に出入したのはこの時が始めてである。座附女優諸・・・ 永井荷風 「十日の菊」
・・・絵看板と同じく脚本の名題もまたそれに劣らぬ文字が案出されている。レヴューの名題には肉体とか絢爛とか誘惑とかいう文字が羅列され、演劇には姦淫、豺狼、貪乱といったような文字が選び出されている。 浅草の興行街には久しく剣劇といいチャンバラとい・・・ 永井荷風 「裸体談義」
・・・ 下 近時のわが文壇は殆んど小説の文壇である。脚本と批評はこれに次ぐべき重要の因数に相違ないが、分量からいっても、一般の注意を惹く点からいっても、遂に小説には及ばない。その小説について、斯道に関係ある我々の見逃し・・・ 夏目漱石 「文芸委員は何をするか」
・・・小説には無論ありますまい。脚本は固よりです。詳しく云うと、暇がかかるから、このくらいで御免蒙って先へ進みます。現代の理想が美でなければ、善であろうか、愛であろうか。この種の理想は無論幾多の作物中に経となり緯となりて織り込まれているには相違な・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・子供がまま事に天下を取り競をしているところを書いた脚本である。世間見ずの坊ちゃんの浅薄愚劣なる世界観を、さもさも大人ぶって表白した筋書である。こんなものを演ぜねばならぬ役者はさぞかし迷惑な事だろうと思う。あの芸は、あれより数十倍利用のできる・・・ 夏目漱石 「明治座の所感を虚子君に問れて」
・・・を見た。「ライシアム」で「アーヴィング」が「シェクスピヤ」の「コリオラナス」をやると出ている。せんだって「ハー・マジェスチー」座で「トリー」の「トェルフスナイト」を見た。脚本で見るより遥かに面白い。「アーヴィング」のも見たいものだ。十一時五・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
脚本作者ピエエル・オオビュルナンの給仕クレマンが、主人の書斎の戸を大切そうに開いた。ちょうど堂守が寺院の扉を開くような工合である。そして郵便物を載せた銀盤を卓の一番端の処へ、注意してそっと置いた。この銀盤は偶然だが、実際あ・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・という国内戦時代の中ブルジョア層を主題にした脚本などは一九二七・八年モスクワ芸術座で上演され、ひどく評判だった。 ブルガーコフはこの他にも「赤紫の島」という脚本を書いた。これは、カーメルヌイ劇場に上演されてなかなか面白いものだった。とこ・・・ 宮本百合子 「新たなプロレタリア文学」
・・・ 自分が終りまで遂にたんのう出来なかった原因の一つは、脚本そのものが余り光彩陸離たるものでなかったことと、二つには、演出する俳優の心の態度が、ぴったりと自分の胸に響いて来なかったことである。 一番目「恋の信玄」などは、早苗姫が自殺し・・・ 宮本百合子 「印象」
出典:青空文庫